08 『これが勇者召喚魔法の実態だ』
人間の記憶というものが、いったいどんな仕組みか知ってるか?
良いから聞け。そう、記憶の話だ。
……そうだな。いわゆる脳の働き、海馬やら大脳皮質やニューロンの作用があって、適宜記録と読み込みが為されると考えられている。こいつは概ね正解だが、根本的なところでは間違っている。
脳神経学やら脳科学やらの研究結果で、脳の働きと記憶が密接な関係を持っているコトはわかっている。だが記憶というのは、五感とそれ以外の記録を全て残さずバックアップする膨大なデータベースだ。それが人の頭程度の小さな箱の中で完結しているというのは、ちょっとオーバースペック過ぎるとは思わんか?
確かにソレこそが人体の神秘だって言われたらそれまでなんだが。まぁ、この世界で魔法というものに触れた俺は、人の記憶について少しマジメに取り掛かってみたんだよ。記憶があくまでも肉体に依存するってのは、俺にとってちょっと都合が悪かったんでな。
個人が自分自身を認識しようとするとき、根拠になるのは記憶だからな。
で、その結果わかったこと。脳というのは、記憶の海とも言うべき膨大なデータベースから、情報を送受信するだけの存在だという事だ。
記憶それ自体は、脳とは別の場所にある。その場所に自由にアクセスし情報を引き出す。また、自分の中に一時保管された情報を無選別に放り込む。それが脳の仕事だ。かなり端折って言ってるがな。
んじゃ記憶の海ってのは一体どこにあるのか? 詳しい場所は……わからん。わからんというか、存在のステージが違いすぎて認識できんというべきかな。文字通り、次元が違う。
そいつは人間含めた全ての生き物。さらにモノや、事象を記録している。世界というか、宇宙というか、まぁソレくらいの大きな概念。そいつ自体の記録庫だと思え。
アカシックレコードとか、虚空録とかって言った方が話が早いかもな。……聞いたことがない? マジかよお前。漫画くらいちゃんと読め。日本人の必修科目みたいなモンだろが。
話がずれたが、なんにせよその大きな保管庫に全ての存在の記録は詰まっている。それは誰にでも同じように繋がっているが……、引き出せる記憶は自分の物だけだ。
膨大な記憶のスープの中から自分のモノだけを抽出する。それがいわゆる魂ってヤツの働きなんだと考えている。
簡単にまとめると、まず俺たちが見聞きしたことの全ては脳を通して保存される。全員分、同じところにだ。で、そっから自分の入れたモノだけを魂が選別し、自分の記憶として引き出すことができる。こいつが記憶のメカニズムだ。
そんなのどうしてわかったか、だと? お前なぁ。ちゃんと説明したらどれだけ時間がかかると思ってんだ。1週間ぶっ続けで講義してやろうか? それでも足りるかわからんぞ。……よろしい。素直なのは良い事だ。
んでだ、俺はこの魂というヤツに着目した。もしもコイツを複製することができれば、同じ記憶を引き出せる人間。つまり同じ記憶を持つ人間を作れるじゃないか。魂が特定の記憶を呼び出すなら、同じ魂は同じ記憶を呼び出せることになるんだからな。
そして、それが可能であれば、異なる世界に自分を送り込むことができるんじゃないか、とな。
肉体という枷を持った俺たちでは、世界それ自体の壁を越えることはできない。けれど物質を持たない魂だけなら何とかなる。かといって魂のない肉体は即座に死に至る。だから世界を越えることは出来ない。
けれどこの世界で魂を複製して、そいつに世界を越えさせる。その後別の世界に器となる肉体を作り、移動させた魂を入れ込むことなら問題なくできるはずだ。
さっきも言ったが、自分自身を確信する手段は、つまるところ自分の記憶を思い出せるかどうかだ。だから自分の記憶を過不足なく思い出せる存在を異世界に作れば、自分が異世界に行ったのと同じことになる。
これがうまくいけば、それは、そいつ自身が世界を超えたのと同じ結果になるだろう?
俺はそう考えて、研究を重ねた。何せこの世界には魔法なんてモンがあるからな。大概の不条理は魔法で何とでもなる。魂の複製も、器である肉体を魔力で組み上げるのも可能だった。
そいつを複合して出来上がった術式が、あの召喚・送還術ってワケだ。まぁ、失敗作なんだけど。
そう、失敗なんだ。向こうからこっちに引っ張ってくるのは可能だ。だがこっちから向こうに行くのが問題だ。
向こうの世界には魔力がない。だから、記憶の海というぎりぎり魔力の届く領域を通して、魂を複製・移動させるまではできても、魔力のないアチラの世界で肉体を作り上げることができなかった。
逆に、適当に選択した人間の魂を複製してこっちに移動させること。それを魔力で編んだ肉体に突っ込むこと。更にその魂をもう一度向こうに存在する、同じ人間に戻すこと。これなら問題なくできたんだけどなぁ。結局向こうに実体がなきゃどうにもならんのよ。
自分の魂を他人の体に入れ込む? ……お前、恐ろしいこと考えるねぇ。
肉体って器は魂一個分で満タンだ。下手に別の魂を突っ込んだら、上手くいったとしても魂が混ざる。元が同じ魂の複製なら上手く交じり合うけど、他人同士だと人格が破綻して狂うだろうな。それじゃ意味がないし、下手すりゃ容量オーバーで器が破裂する。文字通りの意味でな。
やってねぇよ! そんな危ないマネ、危険性があるってだけで破棄だ、破棄。人を危ない科学者と一緒にすんなよな。人様に迷惑かけてまでやるようなことじゃないだろこんなん。結局は自分のためなんだから。
まぁそんなわけで、もともとあっちに肉体がある人物を召喚すること。そしてもう一度送還する事はできるんだ。けれどあっちにいない人間を送り込むことはできない。
本来の目的はこの世界の人物……まぁ、俺自身なんだが、をあっちに送るのが目的だってのに、ついでで可能になった逆作用だけが成功してるんだ。
な? 失敗作だろ。
ちなみにだが、こちらで作成される肉体は魔力を使って組み立てられるせいか、同じく魔法で複製された魂との親和性が極めて高い。その結果肉体的・魔法的なスペックが倍くらいにまで跳ね上がる。まぁ、副作用だな。
…………長く話したせいでのどが渇いた。テーブルの上に水差しがあったので勝手にいただくとしよう。
ぬるくなった水だが、今はこんなんでもありがたい。
「さて、理解できたか? これが勇者召喚魔法の実態だ。そして、お前に異常な事態が起こっていることの説明でもある」




