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~転生男の場合~

「ハインツ閣下。至急のご報告がございます」



 王城の執務室に入った俺に部下がそう告げたのは、3週間に及ぶ長期の視察から戻った日のことだった。


「すぐに王へと帰還の報告に向かわねばならんのだが、その後ではいかぬか?」


「その前にお耳に入れとうございます」


 俺はこの男を、自分が留守にしている間の一切を任せるほどには重用している。その人物がここまで言うのだ。一抹の不安を抱えたまま続きを促した。



「実は……王女が勇者の召喚に成功いたしました」


「まて、今なんと?」


「はっ。一昨日のことでございます。王女殿下にあらせられましては、古文書による勇者召喚の秘術に成功し、異世界より4人の勇者を召喚されたとのことでございます」


『あっ……』


「閣下?」


『ぁんの、くされアマ~! 何してくれやがってんだっ!』



 俺の不敬極まりない発言が咎められる事はなかった。その内容を理解できる人間が居ないためである。

 いや、正確には居なかったが正しいな。今じゃ4人居やがるんだった。


 この俺と同じ世界からやってきた、召喚勇者という災難が。



                 §



 自分がこの世界にとって異物だと気が付いたのは、物心ついてすぐのことだったと思う。

 考えるという行為と、思い出すという行為を結び付けられるようになった頃、俺は自分という物を否応なく理解させられ、胃液で喉が焼けるまで吐き続けた。


 誰かが仕組んだことなのか、ただの偶然の結果なのかはわからない。

 けれど、一時期は己の妄想なのだと思い込もうとした事象が、やっぱりどうしても自分の中での真実に違いないと諦めたその日。その日から現在に至るまで、一度たりと神に祈ったことは無い。もしも人の人生を決めている存在がいるのだとしたら、ソイツは憎むべき対象でしかなくなったからだ。




 誰にも言ったことはないが、俺には生まれる以前の記憶がある。ここではない世界、日本という国で生きていた俺は、30代半ばにして死んだ。交通事故だった。


 一時帰宅すら許されぬ20日近くの連勤地獄から解放され、独身住まいのアパートへと帰る途中。気が付いた時には眼前に車が迫っていた。恐らく過労で意識がおぼろげだったのだろう。運転手には本当に悪いことをしたと思う。


 強い衝撃と痛みに意識が遠のいて、気がつけば俺はこの世界で新たな命として生まれていた。



 こういうのを何というのだったか? 転生? 生まれ変わり? まぁなんだって良い。

 なんにせよ俺は、この世界でハインツという名で新たな生を受け、成長した。


 幸いそこそこの身分の家に生まれたらしく、生活に不安はなかった。まぁそれでも、電化製品とネットにまみれたそれまでの生活から一転、中世さながらな発展途上の世界に叩き込まれたのだから不満がないわけじゃなかったが。



 科学技術がほとんど発展していない代わりに、この世界には魔法という技術が存在した。世界中に満ちている魔素という謎物質を体内に流れる魔力を操作することで動かし、ありとあらゆる事象に干渉する力。

 結論から言うと、俺は生まれつきこの「魔法」の使い方に長けていた。まぁ無理もない。この世界のニンゲンは魔力という超常の力があるばかりに、物理的な法則には疎いのだ。前世で高等教育まで詰め込まれた俺と比較するわけにはいかない。


 幼少のみぎりよりその魔法の才を如何なく発揮し、気づいた頃には国内でも有数の立場になっていた。そんな俺を慕う者たちも居てくれた。




 それからの長い年月を、俺はハインツとして生きる。

 色々なことがあった。前世に引っ張られて、人を傷つけたこともあった。俺が生きていた時代からすれば数百年は遅れている文明にやきもきしたこともある。下手に先を知っていたからこそ、取り返しのつかない失敗をしてしまったことすらあった。


 過去を持ったがゆえに、今を生きられない。



 やがて俺は自分自身を持ち直すために、世界を見て廻りはじめた。幸い縛り付けられるような存在は、生まれ故郷の中にはなかったのだ。時折戻り、それでも従ってくれる者たちに方針を出しさえしていれば、誰にも文句は言われなかった。

 なんというかな、上にいる者は、君臨すれども統治せず。生まれた土地の皆が、そんな常識で居てくれたから自由に出来たんだろう。




 そしてかなりの年月が経ち、今はここマゼラン王国にて貴族の地位を得ている。


 人族と穏便ではない関係にある魔族の支配領域と、唯一隣接している国であるこのマゼラン王国は、世界の大多数を占める人族国家間での発言力も相当に大きい。

 そんな大国の、しかも実質的に魔族領域と接するリーゼンという辺境地域の支配権を持つ貴族が、この俺。リーゼン辺境伯ハインツというわけだ。

 自分で言うのもなんだが、そこそこたいしたモノだろう?


 確かにこの世界じゃ、魔法の力が強いってだけでそれなりの地位につける。けどここまでのし上がるにはなかなか大変だったんだぞ。俺のような出自の怪しい人物がココまでのし上がるには、長年の積み重ねだとか目に見える功績だとか……当然、誰にも知られちゃならない色々もそれなりにあった。



 そして現在の俺は、自分の支配する領域とそこに暮らす人々の安寧を守る為に奮闘し、今日までこの国で様々な政治的工作に従事してきたわけだ。そしてそれはこれからも続くはずの未来予想図だった。


 ……この国のアホ王女が余計なマネをしてくれるまでは。


 異世界からの勇者召喚だと? 本当にふざけたことをしてくれる。

 絶対にそいつらの好きにはさせん。俺の下に集った人々の生活を、ぽっと出の勇者なんかに邪魔されてたまるかってんだ。




 俺は王国内の執務室にて思いを新たに拳を握る。


 人族の国の中で、人族の王に仕え、人族を守り導き統治する。誰からも人族であることに疑いすらかけられていない、魔族である俺。


 魔族の元に生まれ、魔族として成長し、魔族を従え君臨する。いつしか王と呼ばれるほどに強い力を持ってしまった俺。


 人族からは『リーゼン辺境伯ハインツ』と呼ばれ、魔族からは『魔王ハインツ』と称されるこの俺の目が黒いうちは、勇者なんぞに魔族も人族も(うちの領民を)好きにはさせんぞっ!

一章の間は状況説明的内容が続いてしまうかと。


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