旅芸人と幽霊令嬢
「おにいさま、おにいさまながいきなんだよね?」
「確かに俺は長生きだが……」
「おにいさま、ゆうれいってみたことあるの?」
「お前……いきなりなんだよ。まあ、あるにはあるが……」
「おしえて!」
「え……幽霊の話か?聞いてから怖くて泣いても知らんぞ」
「だいじょうぶ!なかないもん!」
「……そうか」
あれは、俺がまだ旅芸人やってた時の話だ。
ちょっとした小都市で相棒と興業やってたんだがその時ちょっと事故って相棒が怪我しちまってな、仕方ないから俺一人で仕事してた。相棒の怪我が治るまで大人しくしてなきゃいけなかったし。
その日もいつもみたいに街角で芸やってたんだよ。俺は表現力での評価が高かったから、相棒の楽器持ち出して弾き語りやってた。
ひととおり終わって、そろそろ宿に戻るか、って時に、一人の女が声をかけてきた。
その女は質素だがなかなか上等そうな服だったからな、つい話を聞いちまったんだよ。
……そんな目で見るなって。人間ってのはそういう金になりそうな話には弱いんだよ。お前は大人になってもこうなるなよ。
その女は「フェルグソン家のメイド」だと名乗った。俺に声をかけたのは、主人がお忍びで出かけた時にたまたま俺の芸を見て、気に入ったから屋敷に呼べと言われたからと。
あ、フェルグソン家ってのは、そこそこの名家だったんだよ。まあだから信用してしまったんだがな。
んでまあ、相棒にそのこと言って屋敷に行ったわけだ。
屋敷はさすが名家、立派なもんだった。
通されたのは応接間っていうには広い部屋だった。そこで待つよう言われて、ちょっと待ってたら二人のドレス着た女の子が来たんだよ。18ぐらいと15、6ぐらいの。
「あなたが街で話題の詩人さんですか?直接お会いできて嬉しいですぅ!」
「急な呼び立てにも関わらずお越しいただき、感謝いたします。わたくしはブランシュ、こちらは妹のレミーナですわ」
二人とも、輝くような金髪にサファイアのような瞳、まるで人形みたいな美女だった。
……睨むなって。人間の男ってもんは大概美女に弱いんだよ。
「あー、いや、私こそこのような身分の高く美しい方々にお会いできて光栄にございます」
「うふふ、お上手ですわね」
「貴方はいろんな地方を回られているんですよね?良かったら旅の話をしてほしいのです」
そう言われて、それまでの興行の話をしたんだ。
それから数日、俺は屋敷でお嬢様たち相手に歌や旅の話をして過ごした。
館にはお嬢様たちとメイド以外はいなかったが、何も不自由はしなかったな。好きな時に起きてお嬢様たち二人と話したりするだけ。飯も腹減ったって言えばすぐ用意してくれたし。
だがしばらくいてて飽きちまったんだ。それでそろそろおいとましようと思ったんだが、それを二人に言うとものすごい勢いで引き留められた。「もうしばらくでいいのでここにいてください」ってな。
それでずるずると滞在が伸びて、何日いたかもわからなくなった頃のことだった。
その日は、誰かに揺さぶられて目が覚めたんだ。
「もう少し寝かせてくれぇ……」
「何バカなこと言ってるんだ、起きろ!」
それは、街に置いてきた相棒の声だった。
「……あ?何でお前ここにいんの?」
「それはこっちの台詞だよ!お前、まわり見てみろ!」
言われて起き上がって見回してみて、驚いたよ。
前の晩、俺が寝るまで絢爛豪華だった部屋は、すっかり古びて埃や蜘蛛の巣だらけだったんだから。
「な、なんだこれっ!」
「……お前、今まで気付かなかったのか?」
「おかしい、俺は昨夜まで豪華な、綺麗な屋敷に……お嬢様たちは!?」
「落ち着け。そしてよく聞け」
相棒はそう言って、この場所について話し始めた。
「ここはな、確かにフェルグソン家の屋敷だ。だが、お前の言ってるお嬢様たちは、恐らくこの世にいない」
「どういうことだ!?」
「五年前、この街に致死性の伝染病が流行った。当主とその妻はこの地を離れていたため助かったが、その時ここに残っていたブランシュ嬢とレミーナ嬢、屋敷の使用人たちは……」
全滅、だったらしい。
「それ以来、この屋敷には誰も住んじゃいないし、たまにお前みたいな流れの者が屋敷に誘われて行方不明になるそうだ」
「じゃあ、あれは、あのお嬢様とメイドは……」
「幽霊、だな」
ショックだったよ。まさか幽霊とずっと過ごしてたとはな……
俺は相棒に引っ張られるように屋敷から出た。
屋敷はすっかり古びて、朽ちていくだけの姿になっていた。多分それが本来の姿だったんだろうな。
門を出ようとした時だった。かすかに、女の声がしたんだ。
「もう行っちゃうんですね……」
「さようなら、旅の方」
多分、レミーナとブランシュの声だったんだろうな。
宿に帰ってから、相棒にしこたま怒られたよ。うん。
無事だったから良かったけどもしとり殺されてたらどうすんだとか、うまそうな話にホイホイ釣られるなとか。
さすがに懲りたな。あれは。
……まあ、こんな感じだ。
「おにいさま、ゆうれいこわくなかったの?」
「え?あの時は全然怖くなかったな」
「そっかあ……ルネ、まだゆうれいみたことないの」
「いや、あれは見ないほうがいいもんだと思うぞ」
どうも、雪野つぐみです。
今回は「幽霊屋敷を舞台とした話」というお題で書かせていただきました。主人公たちの名前が一切出ないのは仕様です。
今回はもの書きの仕事をいくつか抱えた状態で書いているので、非常に大変でした……誰だよこんなお題出したの。私だよ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。