珍らしいもの
「一人で出歩くなと言われていただろう」
「……ちょっとだけだから良いかと思ったのよ」
アンドロマリウスに抱き上げられたシェリルはふてくされたように、彼の耳元で囁く。
「そういうのを狙ってうろついている。
あの男には良いカモに見えただろうな」
アンドロマリウスが男を鼻で笑う。そう話している内にテントへと戻ってきた二人はそのまま中へ入っていく。
テントの中では、くつろいだ様子のアンドレアルフスがリリアンヌと談笑していた。
「お、戻ってきた。
シェリル大丈夫だったか?」
「おかえりなさい」
アンドレアルフスの前にシェリルを降ろし、アンドロマリウスは腰を下ろした。シェリルもその横にゆっくりと座る。
「マリウスが、殺し好きの変態になったわ」
「別に俺はそういう設定にしたくて発言したわけじゃない。
お前が付け加えたからそうなっただけだ」
リリアンヌがくすくすと笑う。四人が普段通りに会話できているのには理由がある。このテントから音漏れしないように、シェリルが結界を施したからである。四六時中周りを気にしていたら身が持たない、そう考えたシェリルが思いついた策である。
このテントの中にいる間は普段の四人に戻れるのだ。
傭兵役を完璧にこなしているアンドレアルフスには必要ないかと思われたが、他者になりきるという事は流石の彼も精神を削っているようである。
テントの中でくつろぐ彼は、いつも以上にゆったりとした姿を見せていた。横たわり、長い足を伸ばしてひじをついている。魔界では貴族育ちだったという彼が、普段であればだらしない姿を周りに見せる事はしないだろう。
少なくともシェリルは見た事がなかった。それ程までに、気を緩めているのだ。
昨日の時点では、ここまで気を緩めた姿を見せていなかったアンドレアルフスに、シェリルは心の中でお疲れさまと呟いた。
「懲りたから、これからはちゃんとリリアンヌと一緒にいるわ」
シェリルがそう言えば、アンドレアルフスは頷きながら起き上がり、シェリルの頭を撫でた。
「あんまり無茶するなよ?」
「しているつもりはないんだけど」
シェリルの返事に彼は頭を掴んでぐらぐらと軽く揺らして答えた。掴まれて乱れたシェリルの髪をアンドロマリウスが整える。
「大丈夫、私もシェリルから離れないよう気を付けるし」
立ち膝で近付いたリリアンヌがシェリルの手を握る。リリアンヌはシェリルに朗らかな笑みを見せると、アンドレアルフスに頭を向けて強く頷いた。
「はいはい、んじゃ明日に備えて寝ようぜ」
そう言うなりアンドレアルフスはそのままごろりと横たわった。
翌朝、シェリルはリリアンヌを伴い朝の見回りを終えて悪魔二人に合流した。昨晩同様アンドロマリウスが二人の分を準備してくれていた。
昨晩の事があって、周りからの見る目が変わっていやしないかとシェリルは警戒していたが、特に変わりはない。
少しほっとしたシェリルであったが、傭兵は強い事が価値であるし、不用意に自分の失態を周りに話して得となる事は何もない事に気が付く。
自分の名誉を守るくらいには頭の回る男で良かったとシェリルは一人ごちた。
「シリル、まずいのか?」
「?」
アンドレアルフスにのぞき込まれ、シェリルは瞬いた。何を言われたのか分からなかったのである。
「……考え事をしていた」
「ふうん。
じゃ、これうまいか?」
彼の言葉に押され、シェリルは一口しか口付けていなかった朝食を口に運ぶ。薫製を使った珍しい食事であった。
「変わってる。初めて食べた」
「俺様が考えて作ったんだぜ」
にかっと太陽のようなまぶしい笑みを作ったアンドレアルフスの発言に、シェリルは手を止める。
「卵って薫製になるんだ。
……これ、好き」
彼女は口元を緩めた。大きな卵を薫製にし、スライスしたそれは、一瞬なんの料理であるか検討がつかない。白身が少なく、黄身が多いのが特徴の卵は外側だけがしっかりと茶色く変色している。
「エッダが卵生んでたからな。
丁度良いと思ったんだ」
エッダとは上部で大型の鳥である。商人のような隊を率いて移動する人間や、カリス出の貴族らに非常に人気のある動物でもある。
シェリルは特殊な環境に感謝し、珍味を味わった。