一日の終わり
何事もなく日が暮れ、辺り一帯が暗闇に包まれる頃。シェリル達を含む隊商の傭兵は野営の準備をしていた。女だからと、料理担当とされる訳でもなく、テント張りを手伝っている。
リリアンヌの方が背が高い為、シェリルが下を押さえ、リリアンヌが布を張っていた。一方、アンドロマリウスとアンドレアルフスは辺りの見回りに出てしまった。
闇夜に乗じて襲いかかってくる野党も少なくはない。また、夜行性の凶暴な動物が現れる場合もある。それを警戒しての事であった。
「よし、これでテントは終わり」
リリアンヌが満足そうに頷くと、シェリルが顔を上げた。リリアンヌはしゃがみ込んで目線を合わせる。
「多分雑談ありの食事になるわ。
覚悟は良い?」
小さく話しかけてくる彼女はいつもの口調で心配そうだった。シェリルは小さく頷いて、気合いを入れた表情をする。睨んでいるかのようなそれに、リリアンヌはぷっと吹き出した。
「行く」
シェリルは迷惑そうな表情をあえて作りながら、立ち上がった。
二人がたき火に近付けば、既にアンドロマリウスとアンドレアルフスは座っていた。気が付いたアンドレアルフスが腕を大きく振ってシェリル達を呼ぶ。
「普段テントなんてろくに張らねーから、また時間かかったんだろ」
にやにやしながら茶化すアンドレアルフスにリリアンヌがふん、と鼻を鳴らす。
「いーのさ、あたしゃ別にテントなんて必要ないんだ」
「ほら、俺様が取っていてやったぞ」
言葉の応酬を繰り返す目の前で、アンドロマリウスが無言でシェリルに器を渡す。どうやら取っておいてくれたのはアンドレアルフスではなく、アンドロマリウスのようだ。
普段であれば、アンドレアルフスもそういった行動をするが、今のアンドレアルフスはそうではないらしい。
小さな事でもそれらしさを追求して演じている彼を、シェリルはまた尊敬の眼差しで見つめていた。
「んん? シリル。また俺様に見とれてんのか?
アンドレが嫉妬しちまうぜ」
「……見とれてない」
「これは俺のだ」
むすっとした様子で否定するシェリルと、彼女を所有物扱いするアンドロマリウスの声が被る。その息のあった返事にアンドレアルフスがけけ、と楽しそうに笑った。
がやがやとにぎやかな喧噪の中、シェリル達はスープを口に運ぶ。塩味の効いた、メルツィカのスープだった。メルツィカではあるが、連れている頭数が減っていないのを見ると、これは干し肉だったのだろう。
細かくほぐされ、食べやすくなったそれは、傭兵にとってのごちそうとも言える一品となっている。
流石にトマトは入っていないが、旅への携帯が可能な豆はふんだんに使われている。このスープにパンが加われば、普通の食事と変わらない。
「思っていたより、食べれる」
「まずい飯じゃ戦う気になれんだろう」
ぼそりと呟いたシェリルにアンドロマリウスが答える。言われてみれば、当然のようにも思えた。極限状態に入れば、食べられる物があるだけで幸運である。普段の食事までまずかったら志気に関わりそうだ。
「ん」
シェリルはパンをスープに浸し、もそもそと咀嚼する。元々硬く作られたパンである。スープをしっかり染み込ませてもなかなか柔らかくならない。
無言で奮闘を続けるシェリルにアンドレアルフスが水の入った器を渡す。シェリルはこくりと縦に首を振って受け取った。
テントが風に揺られ、はためく音が響く。この時期、夜の草原は冷たい風が吹きすさぶ。意外に夏の方が寒暖の差が激しいのである。
シェリルは強い風に下ろしていた髪をなびかせ、広い草原を見つめていた。
遠くで火のはぜる音がする。きっと火の番をしている誰かが木をくべたのだろう。シェリルはふる、と小さく震え、肩を抱いた。肺に溜まっていた息を、静かに出し切ると、自身の寝るテントへと歩き出した。
「よぉ」
後ろから声を掛けられ、シェリルは振り返る。そこには一度も話した事のない傭兵が立っていた。