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贖う者  作者: 魚野れん
第九章 砂漠の殿下 ─追跡者と噂─
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呼ばれたかった悪魔

「……マリウス」


 シェリルの口から出てきた声は、存外に安堵の意思を伝えていた。だが、アンドロマリウスから出てきた言葉は彼女とは対極的、かつ理不尽だった。

「呼ばれると思っていた」

「……は?」

 シェリルが、気の抜けた返事をする。アンドロマリウスはじっとりとした視線を投げながら、付け足した。

「悪魔である俺が、お前の部屋に向かう殺気に気が付かない訳がないだろう。

 すぐに呼ばれると思って、近くで待っていた」

 シェリルが、片眉を上げて不快感を示すその背後から、アンドレアルフスの楽しそうな声が微かに聞こえた。


「私、魔力の放出と血のにおいで知らせたわよ?」

「名は呼ばれてない。

 それに、お前の言うとおり、それは知らせただけであって呼んだ訳じゃない」

 シェリルは心の中で溜息を吐いた。まれに出てくるアンドロマリウスの過保護な面が、今は全面に出てきてしまっている。


「マリウス」

「今呼んでも意味がない」


 面倒だ。本当に面倒である。シェリルは頭をかきむしりたくなるのを抑え、なるべく穏和な声を出す。

「私が呼ばなくたって、あなたは助けに来てくれるでしょ?」

「……」

 後ろから抱き抱えられる形のまま、シェリルは俯いた。金属の当たる音が近くで聞こえるが、アンドロマリウスは沈黙したまま動こうとしなかった。


「んなちっぽけな武器じゃ俺様は捌けねーぞ!」


 楽しそうな声が聞こえてくる。シェリルがそちらをちらりと見れば、ヘルパ使いの刺客が大剣で武器を破壊されている所だった。乱雑ぶってはいるが、アンドレアルフスは優雅に大剣を振るっていて相変わらず美しい。

 遠慮のない、一方的な攻撃を受けている哀れな刺客と理不尽に責められる自分、どちらがかわいそうなのだろうかとシェリルは心の中で天秤にかけた。




「シェリル、何やってんだ?」

 一方的なお仕置きを終えたアンドレアルフスが、アンドロマリウスに抱きしめられたまま動かないシェリルに声を掛けた。シェリルの眉間にはしわが刻まれ、アンドロマリウスの不機嫌がそのまま彼女に移ってしまったかのような形相である。

「見て分からない?」

 そう言う彼女の声も普段より硬い。拘束されたままで苛ついているのだろう。アンドレアルフスの戦闘中、ずっとこのままだったのならアンドロマリウスが悪い。


 それに、シェリルはあまり気にしていないようだが、アンドロマリウスの魔力が濃い。これでは人間にだって分かるくらい匂うだろう。よくこんな状態で正気でいられるなと、シェリルに対して感嘆する。

 状況を把握したアンドレアルフスは、アンドロマリウスの頭をがしがしといじり、彼にも声を掛けた。


「いい加減にしてやれよ」

 はーっと長い溜息を吐きながら、呆れを含んだ声色で言われれば、アンドロマリウスもしぶしぶながら腕の力を緩めた。アンドロマリウスにも、自覚はあるのだろう。きっと時期を逃してしまってこうなったのだ、そうアンドレアルフスは思う事にした。

 そうでなければ、また腹筋が壊れそうな程に笑い転げる自信があった。この男が執着するなんて、おかし過ぎる。

 拘束が緩くなるや否や、シェリルは立ち上がる。それ程、拘束されているのが嫌だったのだろう。彼の頭を見下ろしながらシェリルは長く息を吐いた。


「マリウス」


 ぽっかりと空いた不自然な空間を軽く抱きしめる彼に、シェリルが向かい合うようにしてしゃがみ込む。

「口に出さなくても通じてるって、思っちゃだめだよね。

 今度からはなるべく呼ばせて貰うわ」

「……ああ」

 先ほどよりも穏やかな様子のシェリルに、アンドロマリウスは腕を戻して小さく返事をした。

 それを見つめるアンドレアルフスは口元を優しくほころばせたのだった。

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