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贖う者  作者: 魚野れん
第九章 砂漠の殿下 ─追跡者と噂─

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襲った理由

 シェリルは簡易の結界を広げたまま、残されたヒポカと一緒に橋の根本で戦況を見守っている。

 意外にも、三人の内で一番活躍しているのはリリアンヌであった。彼女は軽い身を最大限に活かし、盗賊の攻撃をうまく流して懐に潜り込んでいく。そうして一度だけ急所に攻撃するのである。

 武術の嗜みもあるとは言っていたが、護身術どころではなく立派な対人戦闘術であった。


 アンドロマリウスは主に彼女のサポートに徹し、彼女の倒した盗賊から剣を奪い取っては遠くの盗賊へ投擲していく。動く的を投擲で仕留めるのは簡単な事ではないが、剣は彼らに吸い込まれていくように当たっていた。


 二人と少し距離をとって戦うアンドレアルフスは、豪快な剣捌きで盗賊を弾き飛ばしていた。たまに笑い声が聞こえるくらいである。

 悪魔らしく、人間をもてあそんで遊んでいるかのようだ。先ほどの緊張した真面目そうな表情は何だったのかと、シェリルは眉を寄せた。


 三十人ほどいた盗賊は、手間取る事なく三人によって倒された。アンドレアルフスとアンドロマリウスは二人とも両手に一人ずつ盗賊を引きずりながら戻ってくる。シェリルがヒポカから降りて近づけば、彼らはまだ生きていた。


「他にこいつらの仲間が居たらやっかいだろ?

 情報はある分には困らないしな」

「こっちは予備だ」


 なるほど、よくよく見ればアンドレアルフスの方は“生きていたから連れてきた”といった程度には生きているが、どちらかといえば瀕死である。

 それに比べ、アンドロマリウスが引きずってきた方は、目立った切り傷はない。おそらくただ体術で昏倒させられただけなのだろう。

「まあ、何でも良いわ。

 さっさと話してもらいましょ」

 シェリルの一言によって、ある意味残酷な聞き取りが始まったのだった。




「……ま。こんなもんか」

 つまらなそうに呟いたのはアンドレアルフスである。彼の目の前には事切れた盗賊だったものが転がっている。シェリルにかけられていた目くらましの術を解除された彼は、近くにいる者に恐怖を与える例のオーラを身に纏っている。


 久々に感じるオーラに、シェリルは以前よりも恐怖を感じない事に気付く。それを不思議に思いながら、彼らが恐怖で死んでいくのを思い返していた。

 重傷だった二人は、彼のオーラに近付くやいなや恐怖で息絶えた。体力も残り少なかったのだろう。想定外の反撃で全滅し、更に追い打ちをかけるように彼の存在である。普通の人間では、仕方がない事であった。


 残った二人は、先の二人を見て恐慌状態であったが、よくしゃべった。

 上級階級の姫君が少数の護衛だけを連れ、お忍びの旅に出ている。そんな噂が流れていて、実際にそれらしい人間を見かけたという話まで出てきた。

 信憑性が増した所で、近くの村にその人物が現れた。だから村から離れて孤立した時を狙い、襲いかかった。


 彼らの話を要約すると、そういう事だった。

 ひとしきり早口に話した彼らは、一歩近付いたアンドレアルフスを見て首をかきむしるような動作をしながら倒れていった。


 端から見ていると何とも失礼な二人であるが、リリアンヌが二人の脈をみると、既に止まっていた。目の前で主の恐ろしさに人間がころころと死んでいくのにも慣れているのか、リリアンヌは特に感情を見せずにアンドレアルフスを見上げた。

「もう死んでます」

 そしてつまらなそうな先ほどの一言である。この言葉を皮切りに、シェリル達による彼らの埋葬準備が始まった。




「しかし、この噂……」

 掘った穴に死体を埋め終えたアンドロマリウスが、まだ土を被せているアンドレアルフスに声を掛ける。

「考え過ぎって言いたいけど、怪しくないとは俺も思わない」

 アンドレアルフスはちらりと彼を見上げて応えると、作業に戻った。


 黙々と、土を被せていくアンドレアルフスの表情は硬い。

「馬鹿な目論見の犠牲者だが、これもお前達の選んだ道だ。

 次、産まれたら魂汚すなよ。もっと良い人生になる」

 そう言ってぽんと柔らかな地面を叩く。これが最後の一人だったようだ。

 アンドレアルフスは立ち上がり、アンドロマリウスに向き合った。

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