女王蜂
「アホロテより硬いなあ、あんた。
相当長く生きてきたな」
女王蜂を見据え、アンドレアルフスが感心する。
『ただの虫と思ったか』
ぎちぎちと歯を鳴らし、ディサレシアが答えた。返事が返ってくるとは思ってもいなかった悪魔達は意外そうに目を開く。シェリルは眉間にしわを寄せ、難しい顔をした。リリアンヌに至っては耳に手を当てて不快そうな表情である。
ただの人間であるリリアンヌには異音にしか聞こえなかったが、ロネヴェと契約していたシェリルの方はかろうじて声だと分かったのである。
『余が』
「私が」
アンドロマリウスがシェリルだけに聞こえるよう、人間の言葉に言い換える。何を言っているのか分からない彼女にも分かるようにしているのである。
「ディサレシアと呼ばれる魔物だ。
元々、ディサレシアとは種族の名ではない」
蜂の姿がぐにゃりと歪む。シェリルは目を見開いた。彼女の後から、リリアンヌの小さな悲鳴が聞こえた。リリアンヌは魔界に棲む異形を見た事がない。異形と言えば、魔物に近い生き物のアホロテくらいである。
しかしそれはこの世界の生き物であり、一度は目にするような姿に似ていた。反対にディサレシアは全く見た事のない姿をしている。何とも表現しがたい、恐ろしい姿をしていた。
蜂を連想させるものの、蜂とも人間とも異なる姿、これが本当の姿なのだろう。
蜂を思わせる羽と色で鮮やかさがあるが、その一部は溶岩が流れ、固まったようないびつな波形の、いかにもおどろおどろしい姿である。
「私は、恨み辛みを獲物としているのではない。
ただ、消し去ろうとしていただけ」
「で?
今回の件はどういう事だ?」
攻撃の意志はない様子を見せるディサレシアに、アンドレアルフスが問いかける。ディサレシアはくるりと一回転し、首を傾げるような動作をした。
「私の子が、こちらにどんどん移動してしまう。
私の方こそどういう事か聞きたく、召還に応じたのだ」
シェリルが問いかけるようにアンドロマリウスを見上げた。だが、彼はディサレシアを見つめたままで気づく様子はない。彼女の動きを警戒しているようである。
「私の子は、こちらに来てしまえば戻らない。
お前たちがやっていたのだな」
「はあ?」
淡々とディサレシアの言葉を訳すアンドロマリウスの表情は硬い。
「俺たちは、人間とミャクスが襲われたから退治しに来たんだ。
先にやったのはあんたらだぜ?」
話が通じねえ奴だなぁとぼやくアンドレアルフスは、馬鹿にしたような表情で笑った。
「それは私の知らぬ事だ。
だが、私の子を害したのはお前たちだというのは事実」
ディサレシアが頭を前に突き出し、威嚇するかのように歯をぎちぎちと鳴らす。そんな様子にアンドレアルフスが肩をすくめて言った。
「そりゃああんたの目の前でやっちまったし否定はしないが」
「私の子、私が長く生き続けるのに必要な子だ」
ディサレシアが再びくるりと回る。
「悪かったな。
だが、こちらも大きな被害を被ってる。
奥にいるミャクスという一族があんたの子供にやられちまった。
それもここに扉ができたから、こちら側にきたんだろうが……まあ、つまりこの泉が問題の始まりってわけだ」
ディサレシアは内容を吟味しているのか、返事をしなかった。かわりにまた、くるりと回った。どうやら冷静に考える時の癖のようである。
「この場所に誰かがあんたらを誘導したんじゃねーかって話もある」
アンドレアルフスの表現はいつの間にか真面目そのものといった風である。
彼は相手の出方を伺いながら、話を続ける。
「ここの扉を封じたら、解決か?」
「……概ねは」
ディサレシアの反応に気を良くしたのか、アンドレアルフスがにっこりと笑った。
「なら、ここを封じてやるからこちらに干渉しないように気を付けろ。
次があったら、このアンドレアルフス様直々にあんたも消してやる」
「!」
彼の表情と言い方とはまるで異なった強い言い回しにシェリルは息を飲んだのだった。