ディサレシアの大群
「向こうには相当な数のディサレシアがいるようだな」
アンドロマリウスが片手を泉へとかざす。ごう、と巨大な炎がディサレシアを襲った。同じ火という属性であっても、ここまで規模が違えば耐性の有無はもはや関係ないのだろう。
業火の後、ディサレシアは一匹も残っていなかった。にも関わらず、泉は光を放ち続けている。シェリルがきっかけとなって、扉が開きっぱなしになったのだろう。第三陣とばかりに、蜂のシルエットが浮かび上がった。
「まだまだ来る気だぜ」
「この泉を封じる前に、全部倒しておかないとな。
来てもらえるなら好都合だ」
世界を移動できないアンドロマリウスは、アンドレアルフスの言葉に強気に答えた。
だが、力の使用制限を自主的にかけているアンドレアルフスにとってみれば、不都合極まりない。案の定、彼は面倒そうな顔をしている。
「特攻はあんたがやれよ。
俺はシェリルを守る」
「そうしてくれ。
俺はさっさとこれを終わらせたい」
投げやりな言葉にアンドロマリウスは大した反応もせず、泉の扉から出てくる蜂の大群に突っ込んでいったのだった。
アンドロマリウスは長剣を抜き、片手で蜂を凪ぎ払う。空いた手では火球を生み出して蜂を溶かし、効率よく倒していった。泉の上で器用に動き回る姿は、踊っているかのようである。
倒す分だけこの世界に補充されるかのように現れるディサレシアは、普通の人間からしたら相当の恐怖であろう。
アンドロマリウスの攻撃をかいくぐり、シェリル達の方へと向かってくるディサレシアをアンドレアルフスが軽くいなす。ばらばらと彼の足下に蜂の残骸が転がっていった。
「ちまっこいねぇ!」
シェリルを守るように立ちはだかり、蜂を相手にしているアンドレアルフスが愚痴るように言った。
シェリルは次々と現れる蜂の勢いが変わらない事に不安を覚えるが、少しでも彼らの力となるべく近くの水瓶に手を伸ばした。
まず、彼女がしたのは術式の解除である。術式の変更をするには、ただの水に戻さなければならない。水瓶の底にある符を取り出し、破る。
途端、符は彼女の手の中で水へと変わった。濡れた手を適当に拭いてから指先をいつものように傷つける。血の滲み始めた指を水瓶へと入れてかき混ぜ始める。数回かき混ぜると、彼女は小さく呟いた。
「我が力、非力なり。解」
短い言葉であったが、自らの組み上げた術式を解除するには充分のようだ。ディサレシアの動きが活発になる。
「うぉわっ!」
近くで慌てた様子のアンドレアルフスが声を上げた。勢いを良くした蜂が突っ込んできたようだ。声を上げながらも冷静にそれを真っ二つに切り捨てた。
「私の術なくても対応できるでしょ。
私も無限に沸いてくる蜂の対策組むから!」
「大丈夫だけど、あんたも気を付けろよ」
アンドレアルフスはシェリルの方を振り返って笑顔を送ると、勢いの増したディサレシアを相手に剣を構え直した。
泉の上にいるアンドロマリウスは、ディサレシアの動きが素早くなった瞬間、自らの纏う気を放出して彼らを一掃した。ほぼ同数の蜂がまた沸き出す。
「ちっ」
珍しく舌打ちをした彼は、それらを刻み、溶かしながら泉の中心へと移動した。囲まれるような形になったが、それが彼の狙いのようだった。
「我が力、皆を惹き付ける力なり」
彼女の指から滴った赤い雫が水瓶へと落ちる。それは水と混ざり合わず、光を帯びた円へと変化する。
「蜂が群がる花のよう、世界を分けて訪れる」
ぽたり。雫が落ち、術式を描いていく。
「女王蜂すら巣を出て訪れる程、異界の扉か開き続ける程、強烈な力なり」
水瓶の水面に、緻密な術式が広がっていく。
彼女は、扉の向こう側にいるディサレシアを全てこちらの世界に召喚するつもりらしい。近くで彼女を守るアンドレアルフスはすぐに気が付いた。口元に笑みを浮かべ、値踏みするような視線を向ける。
奥の結界から三人の様子を見守るリリアンヌとクアには、何が起きているのか全く分からず、ただ心配そうに彼女を見つめている。泉の中心で巨大な火柱を作り上げたアンドロマリウスは、少し遅れて彼女の術式に気が付き振り向いた。
その顔には驚きが張り付いていたが、術に集中するシェリルは気が付かなかった。