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贖う者  作者: 魚野れん
第七章 砂漠の殿下 ─小さな異変─
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シェリルの美的感覚

 シェリルの指示で羽虫を指先に乗せたリリアンヌは、潰さぬようにそっと撫でた。彼女の指先に反応した羽虫は元気よく飛び上がる。驚いたのかびくりと小さく動いた彼女だが、すぐに何もなかったかのように取り繕った。羽虫はゆっくりと左右に揺れながらどこかへ向かっていく。

 顔が引きつった瞬間を見てしまったシェリルだが、そこには触れずに口を開く。


「後はこの羽虫が移動するのを追いかけるだけよ」

 シェリル達を待っているつもりなのか、ある程度まで先に進んでいた羽虫がその場で飛び回っている。一定以上離れると、羽虫は待つようにできているらしい。リリアンヌは得心したように頷くと、一人先に羽虫のいる方向へと歩いていった。


「さあ、蜂の巣か蜂の扉か、どっちに行き着くのかしらね」

 シェリルが気合いの入った顔でそう呟くと、リリアンヌの後に続く。

 慌てて追いかけるミャクスの更に後ろから、急ぐ様子もない悪魔二人が歩いていく。彼女らよりも元々歩くのが早い彼らはすぐに追いついた。シェリルの術が優秀なのか、たまたまなのか、全員が揃うと動き出す。

 そうして山へと踏み入ったのだった。




「それにしても羽虫か。

 ……シェリルの美意識は一体どうなっているんだ?」

 アンドレアルフスの呟きは、近くのアンドロマリウスだけにしか聞こえなかったようだ。彼がそっとアンドレアルフスへと近付いてきた。

「あれは、センスは悪くないんだが、時に利便性だけで動くからな」

「折角なんだ、蝶とかこう……ひらひらした精霊みたいなもんにすりゃ良いのによ」


 ガラス製の大きな水瓶を抱え、片腕をゆらゆらと動かすアンドレアルフスを見て、アンドロマリウスは苦笑した。何が折角なのか、アンドロマリウスには分からない。

 だが、何も羽虫にしなくても……という気持ちは確かに彼の中にもあった。

「まあ、機動性は良さそうだから、変に道中で散る事もないだろう。

 ――利便性を追求したんだろうな」

 先を歩くシェリルを見つめるアンドロマリウスは、どこか気の抜けた表情をしていた。それに気が付いたアンドレアルフスが笑い始める。


「あんた、あの娘にもそんな顔するんだな。

 保護者気取りやがって」

「……あれは、俺の子供じゃない。

 ただ、押しつけられたから代わりに見てやってるだけだ」


 先ほどとは打って変わり、むすっとした顔で答えるアンドロマリウスは、アンドレアルフスを大いに喜ばせるだけだった。今までアンドレアルフスが見てきた二人を考えると、とてもじゃないが彼がシェリルと嫌々一緒にいるようには見えなかった。今も、わざとそんな表情をしているのだろう。

 善悪の基準がはっきりしている彼は、残された善き者を見捨てられない。昔からそうだった。

 アンドレアルフスは、昔から何も変わっていないこの悪魔と会話をするのが好きだ。ロネヴェのいた頃に戻ったような気さえしてくる。


 いつになく優しい気分になったアンドレアルフスは、毒気のない笑みを浮かべた。

「まあ、強がりなあの娘には、過保護なくらいがちょうど良いのかもな。

 俺みたいなのだと、面倒見るタイミングを間違えて死なせかねんし」

「俺は過保護じゃない」

 いちいち反応を示す彼に、アンドレアルフスは吹き出しそうになるのを抑えようとするあまり、力加減を間違えて水瓶を割りそうになった。慌てて割りそうになる程に力んでしまった腕の力いて、今度は大切に両腕で抱き抱える。目の前を見れば、さっきよりも小さくなったシェリル達の姿がある。話している内に、距離が開いてしまったらしい。


「すごくよく面倒見てんじゃん。

 そんなに大切?」

「違う。ロネヴェの願いだからだ」

 急に低くなり、苛ついた声に変わる。声色の変化にアンドレアルフスは内心で首を傾げる。どうやらアンドレアルフスの中では、何か複雑なものが渦巻いているようだ。

「俺もちゃんと手伝ってやるから、しっかり守ってやれよ」

 これ以上、この話題を掘り下げるのはやめる事にし、アンドレアルフスは歩く早さを速めた。

 少し遅れてアンドロマリウスも早足になる。山の奥へと羽虫に誘われ、どんどん四人と一匹は進んでいった。


「――……分かっている」


 山の入り口には、アンドロマリウスのそんな呟きだけが置き去りにされたのだった。

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