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贖う者  作者: 魚野れん
第七章 砂漠の殿下 ─小さな異変─
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ミャクスを助けるシェリルの結界

 アンドロマリウスはかっと目を見開いたミャクスを抱きしめ、真正面から見つめ合う。しっかりと目と目を開わせれば、ミャクスは正気に戻ったのか抵抗しなくなった。

 抱きしめられるがままにぐったりとしたミャクスを抱え、泉から出る。

 ミャクスを地に降ろすとシェリルが近付いてきた。ミャクスは身体をぶるぶると震わせて水気を振り払う事もせず、ただ横たわっているだけで動かない。

 アンドロマリウスの真横に立ったシェリルは様子を伺うように、彼を見上げている。そんな彼女を余所に、アンドロマリウスはミャクスを観察していた。


 ミャクスの体は冷たかった。ずっと水中にいたのだろう。冬眠する種のミャクスかどうかは流石にアンドロマリウスも知らないが、どう見ても衰弱している。

 早く温めてやらねばならないと彼の直感が告げていた。

「まずは温めるのが先だ」

 そう言うなりアンドロマリウスは風を起こしてミャクスを乾かし始める事にした。ミャクスを宙に浮かせ、風を送る。冷たくなったミャクスを考えてか、ぬるい風が舞う。

 アンドロマリウスとミャクスの濡れた身体は彼の起こす風に水分を奪われていった。


 シェリルはその間に短剣と小さな器を取り出した。器に泉の水を掬い取ってから、短剣で指先を軽く刺す。血がにじんでくると、それを水入りの器に垂らした。

 水に指を入れてかき混ぜながら口を開く。即興の結界を作るつもりのようだ。

「我が身体に流れし猛き力よ」

 水のついた指を弾き、辺りへ水を飛ばしながら歩き始めた。普段の術とは違い、儀式がかった動きである。

「命の火となり燃え上がれ」

 水を練るようにかき混ぜては弾き、何度も繰り返す。シェリルが得意とするのは血を用いた結界である。召喚術だけが取り柄であったならば、ロネヴェと出会うまでにシェリルは自衛できず、他の存在になっていただろう。


 ミャクスを中心に円を描くように練り歩くシェリルの後を、弾き飛ばされた水が発光して追随する。

 光となった水は空へと浮かび上がり、彼女が符へと描くような式へと変わっていく。

「この場を命芽吹く季節とせん……」

 アンドロマリウスの作り出しているぬるい風は、水気を纏いながら温度を上げていた。彼がミャクスを撫でれば、水気は大分飛んでおり、体温も先ほどよりは上がったようだ。普段通りとまではいかないが、温かさが感じられるようになっていた。


 シェリルはできあがった円の上を練り歩きながら術式を作っている。ある程度形になってきているせいか、円の中の気温が上がっていた。

 円の外は相変わらずの気温である為、式の円を境にもやが発生している。このもやは、ある程度水の結界として外からの目くらましにもなる。

「これにて常春とならん」

 ぴたりと歩きを止めた彼女は、その場で手に持っていた器をひっくり返す。逆さになった器には殆ど水は残っていなかった。逆さになった器を練り歩いてきた円の真上に置き、それを指で軽く弾いた。

 タンと小さな音が鳴り、一気に気温が上がる。術が完成したのである。彼女の作り上げた結界の中は、山の夜とは思えないほどに温暖な場所となっていた。


「マリウス、これ以上冷えないようにしたわ」

「後はこのミャクスを温めるだけだな」


 シェリルが近付いてしゃがみ込んで触れれば、体温調節をしようとしているらしく、ミャクスは小刻みに震えていた。

 シェリルの背後でしゅるしゅると物音がした。身に纏っていたヒマトを手にしたアンドロマリウスが彼女の隣に座る。そしてヒマトに口付けミャクスへと乗せた。

 二人はヒマトでミャクスを包み込むと、シェリルはヒマトの温度を確かめた。アンドロマリウスが力を込めて熱したヒマトは人肌よりも温かい。

 薄手のままここまで来てしまったシェリルにとっても、ほっとする温かさだった。


 アンドロマリウスはミャクスに背を向け、見張りの為に結界から出て行った。ミャクスの所に残される形となったシェリルは、ミャクスの震えが止まるまで優しく撫で続けたのだった。

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