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贖う者  作者: 魚野れん
第七章 砂漠の殿下 ─小さな異変─
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アホロテの砂袋

 アンドレアルフスがそっと離れ、自分のヒポカへと歩きだす。シェリルはアンドロマリウスの様子を見つめていた。

 誰も言葉を発しない。しばらくすると、沈黙が耐えきれなくなったのっか、リリアンヌがアンドレアルフスへと視線を移した。彼は赤黒く変色した砂を袋に詰めている所だった。

 気になったリリアンヌは居辛い雰囲気の二人から離れる事にし、静かにアンドレアルフスの方へと移動した。


「アンドレ様、何をなさっているのです?」

 アホロテの血が染み込んだ砂である。リリアンヌだけではなく普通の人間ならば、できれば触れたくないと思うのは想像に難くない。そんなものをあえて持って行こうとしているのだ。

 何か理由でもあると考えるのが自然だろう。


「アホロテの肉片よりは大分持ち運びやすいだろ?」

「え」


 どうやら、アンドレアルフスはどんな形であれ、アホロテを持ち歩こうとしているらしい。彼はしゃがみ込んだままでリリアンヌを見上げた。彼の美しい翡翠のような瞳が太陽光を受けてきらりと光る。

 シェリルの術で、本能で感じる恐怖感がぬぐい去られている今、その宝石はリリアンヌには、ただただ美しく、至宝であるようにすら思えた。

「そういう珍しい反応は面白いんだけど、理由を教えてやるよ」

 アンドレアルフスは砂の入った袋を、己の顔を見てぼうっとしているリリアンヌに渡し、立ち上がる。砂袋を押しつけられてはっとしたリリアンヌは慌てて袋をしっかりと持った。


「お守り代わりだ」

「お守り、ですか?」


 悪魔にあっさりと倒されてはいたが、巨大なアホロテは人間にとって恐怖でしかない。リリアンヌは首を傾げた。

「このアホロテの血、黒っぽいだろ?

 アホロテは長生きすればするほど体液が黒くなるんだ」

 リリアンヌはひきつった表情を見せる。アンドレアルフスは面白いものを見ているかのように笑った。

「何も喰ってない、小さなアホロテの体液は綺麗な赤色なんだ。

 でもな、色んな生き物を喰らって大きく育っていくと――こうなる」


 ぼとりと砂袋が落ちた。アンドレアルフスは落ちた袋を見つめる。


「生き物を食べるとどうして黒――……」

「そりゃあ透明なものに不純物が混ざったら黒くなるだろ?

 だからさ。人間とか、まあ他の生き物とか喰らって取り込めば、透明な赤も黒くなる」

 落ちた袋を拾いながら意味深に言う。リリアンヌからはアンドレアルフスの表情は見えないが、恐らくは、にやりと口を歪めているのだろう。

「混ざるって、まさか」


「そ。

 アホロテの体液は、アホロテの純粋な体液と捕食した奴らが液化したものが混ざったものなのさ」

 なるべく動じないようにしていた彼女だったが、後ずさってから足下に広がる赤黒い砂漠を見つめたまま固まった。

「こいつらは同族の血に敏感だから、年取った個体の体液を持ってれば襲ってこな……って、聞いてねーな」




「マリウス、私はあなたの子供じゃないのよ?」

「――分かっている」

 商館の二人が離れると、シェリルがアンドロマリウスの側へ寄った。シェリルは彼の頬に手を添え、自分の顔を見るように向かせた。気まずそうに揺れる瞳と相対する。

「守ってくれるのは、ありがたいけど。

 もう少し私を信用してくれると嬉しいわ」


 シェリルはその瞳を見ると、頬を緩めた。この悪魔が何を考えてシェリルと一緒にいるのかは分からないが、シェリルに害をなす為ではない事は明らかだった。ずっと共に生活をしていれば分かる。

 シェリルにとって、恋人の敵ではあるが、信用に値する者だと思うようになっていた。

「すまなかった」

 そうやって申し訳なさそうに謝る姿も、嘘だとは思えない。シェリルは横に首を振ってから応えた。

「良いのよ。

 でも、次は私にも任せてね」

 アンドロマリウスはシェリルの言葉に、困ったような固い笑みを浮かべて頷いた。滅多に見ない彼の笑みは、アンドレアルフスが引きずるようにしてリリアンヌを連れて戻ってくるまでシェリルを固まらせるほどの衝撃を与えたのだった。

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