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贖う者  作者: 魚野れん
第六章 砂漠の殿下 序
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ユーメネの市場

 日も昇り始めて間もない時間ではあったが、市場は賑わいを見せていた。市場と言っても、食品ではない。

 石の市場である。ここでは大小様々、色とりどりの石が並んでいる。この街のメインだ。二人は、これからの旅に必要となるかもしれない石を買いに市場まで来ていた。

 宿を出る時に、最近魔獣や魔物の類がよく見かけられている。そんな嫌な話を聞いたのである。二人きりで誰も見ていなければ何という事もないが、目撃者がいた場合は人間技の範囲で何とかしなければならない。

 それの難しさはシェリルが分かっていた。

「シェリル、この石は使いやすいぞ」

「あら、ほんと?

 買っておこうかな」

 露天に出ていたクオーツを目にしたアンドロマリウスが彼女を呼んだ。使いやすいと言われてシェリルも興味を持ったようだ。その石を手に取り、しげしげと眺め始める。


「守りの術ならば二重にかけられる。

 結界の代わりにもできるだろう」

 彼女の手に取ったそれは、一見ただの水晶である。クオーツは透明度が高い程高値で売れる。だがこれは透明ではなかった。

 ルチルと呼ばれる鋭い鉱石の針が入っているのだ。単純に宝石として考えるのであればそこそこの価値はあるが、魔術等の媒体としては好まれない。


 一般的に、異物が力の伝導率を下げると考えられている為だった。

 例に漏れず、このルチルクオーツは比較的安値で売られている。普通ならば見向きもしない石だったが、シェリルは迷わず購入した。


 いくつかの店舗を冷やかし、または気に入りのものがあれば購入していると、女性の声が二人を引きつけた。ただの声ならば、あちこちから聞こえてくる。しかし、この声だけは別だった。

 路地裏の方から、困っているような、しかし険のある声が聞こえてきたのだ。

 シェリルがアンドロマリウスを見上げると、彼が小さく呟いた。

「揉め事らしい」

 どうやら彼の耳にはしっかりと届いていたようだ。


 どちらともなく声の聞こえる方へと歩いていく。近付くと相手の声も聞こえてくるようになった。どうやら複数人が一人の女性と揉めているようだ。

「私を指名したいなら、カプリスに行ってちょうだい。

 私は用事でここにいるの」

「ちょっとくらいいいじゃねーか。

 小遣い稼ぎに俺らを使っていいぜ」


 やや長身の女性が三人組の男に囲まれていた。ヒマトに包まれており、殆ど背を向けている女性の顔は分からない。

 男たちの方は石の採掘を生業としているらしく、筋肉質な上半身を見せつけていた。

 最も、腹部はやや膨れ気味の樽型をしている為、爽やかな男らしさと言うよりは、汚らしい印象を植え付ける手伝いにしかなっていないのだが。


「商館の外での営業は、呼び込みだけ。

 それ以外の方法で、商館を通さない営業はしないの」

 商館で働く女は逞しく、厳格だ。規律もしっかりしており、管理も指導も行き届いている。彼女が商館で働く娼婦であるのならば、この対応は普通である。

 だが、カプリスの男ならともかく、外の街の男はそんな事を知る由はない。


 だいたい外を出歩いている娼婦へとこういう行為を働く者は、商館で中級以上の娼婦を買う事ができない男ばかりだ。

 彼女たちの存在を、正しい意味で認識しているとは思えない。この三人もその類だろう。彼らが彼女に危害を加える前に、どうにかしなければ。

 アンドロマリウスに目配せしたシェリルは、一人でそっと路地裏へと入っていった。


「きちんとした労働には、きちんとした対価を。

 いい加減諦めたら?」

 シェリルの声に、全員が振り返る。彼女の姿を見た男たちは、一様に卑下た笑みを浮かべている。

 お楽しみが増えたとでも思っているのだろう。一方、女性の方は困惑しているようだった。

「私、そんなに魅力的?

 もっと熱くなれるの、近くにいるわよ」

 シェリルの含みのある言い方に、違和感を覚えたのは一人もいなかった。

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