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贖う者  作者: 魚野れん
第六章 砂漠の殿下 序
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五百年ぶりの外

 久々の外は、シェリルの目にも珍しく映った。ロネヴェが死んでから五百年程の時が経った。シェリルはアンドロマリウスとの生活を始めてからは、街の外には出た事はない。

 つまりこの街に来るのも、おおよそ五百年ぶりとなる。五百年。普通の人間で言えば、気の遠くなる程の時だ。それ程前の先祖の事をしっかりと把握している人間は殆どいないだろう。

 しかし王族は特別寿命が長い上に歴史を大切に記録する為、これには当てはまらない。だからこそ招待状が届いたのだろうが。


 少なくとも五百年という時は、街を大きく変化させるには十分な長さであった。

「なんか、とてつもなく年を食った感じがする」

 大きく変わった姿を見てシェリルがぼそっと呟いたが、アンドロマリウスの耳にはしっかりと届いていた。

「召還術士や大きな力を持つ術士は長命だからな。

 そう感じるのも無理はない」

 二人は街の中を進んでいった。




 ヒポカを駆らせ、ユーメネの街に着いたのは日が落ちて間もない時だった。ヒポカは馬とカメロの合いの子である。

 馬ほど速くはないが、カメロ並の持久力がある。長距離を速く移動するならば、ヒポカの方が馬よりも優位であった。

 ユーメネの街は、カプリスの街と交友が深い。隣街であるというのも理由の一つではあるが、互いの街にない物が手に入るという事が大きな理由であった。


 ユーメネの街では、様々な石が採れる。カプリスの地下には水があるのと同じく、ユーメネの地下には石が眠っているのである。ロネヴェと生活していた頃はシェリルもよくこの街に通っていた。

 純度の良い石はタリスマン等に利用できる。また、宝石を好む存在を召還する時には良い餌となる。粉末にすれば、薬となるものだってある。

 彼女にとっても、石は必要なものであったのだ。


 石探しに来た際によく世話になっていた宿屋を探せば、それは簡単に見つかった。多少どころかかなり見目は変わっていたが、同じ場所にきちんと存在していた。

 アンドロマリウスにヒポカを預け、一人で宿に入る。ヒマトをずらして顔を見せたシェリルに気付くなり、店主が慌てた様子で走り寄ってきた。

「大変お久しぶりにございます!

 召還術士殿!」

 五百年も利用していなかったのだ。以前の常連だとは気が付かれないだろう。そう見当をつけていた彼女は、驚いた表情ではあったがかろうじて笑顔を作る事に成功した。

「よくご存じで。

 嬉しい限りです。

 ご無沙汰してますが、今晩泊めていただいても?」

「もちろんですとも!」

 何とも人の良さそうな、恰幅のいい店主だった。




 部屋に荷物を置いた二人は、宿の食堂へと足を運んだ。彼女らの存在を認めるや否や、頼みもしない内から食事が運ばれてくる。

 優遇されている様子に二人は似たような表情で見合わせる。

「……どうしてだと思う?」

「お前も分からないのか」

 いぶかしむ二人のテーブルに、店主がやってきた。裏のないにこやかな笑みを浮かべる彼に、二人は視線を移した。


「召還術士殿がご活躍くださっているおかげで、この宿も大盛況でございます。

 今回の宿泊は、私どもからのお礼としてゆっくりとお過ごしいただければと、宿の料理長に腕を振るわせました」

 どういう事か、シェリルにもよく分からないが、彼女の働きで何らかの有益がもたらされたようだった。

「いえ、私は何も……」

「希代の召還術士殿がこの宿を懇意にしてくださったという事実が、大盛況の理由にございます」

 店主は更に興奮したようにまくし立てる。その間もテーブルの上の料理は増えていく。


 その話を要約するに、シェリルがカプリスの街を守る為、ロネヴェを犠牲にしてまでアンドロマリウスを封じ込んだという逸話――実際は異なるが――が一時の流行となり、この宿が繁盛する要因となったらしい。

 それからは、いつ召喚術士が訪れても良いように常に気を配るようになったという事だ。

 五百年もの間音沙汰なくとも、代々受け継がれてきたのである。相当な物好き一族なのだろう。


「――ところで、召還術士殿」

「はい?」

 すべての料理が運ばれて給仕がいなくなると、腰を屈めるようにして、そっと声を出す店主。シェリルもそれに応えるように、店主の方へ身体を傾ける。

「封じた悪魔を放って、あの街を出る程の何かがありましたかな?」

「……」

 店主の問いに正直に答えるわけにはいかず、シェリルは沈黙を返した。

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