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贖う者  作者: 魚野れん
第六章 砂漠の殿下 序
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殿下からの招待状

 近々戦があるという話は聞いていない。国境でもないし、国境と首都であれば首都の方が近い。兵士や騎士から連想するのは王族の気まぐれだ。彼女の視線はカップの中に落ちていく。

 彼女は王族が苦手であった。良い思い出がないのもそうだが、自分のした事も原因の一つだった。


「シェリル?」

 様子のおかしい彼女に気が付いたアンドロマリウスが声をかける。すると、じっとりとした視線が返ってきた。

 思ってもいない反応に、彼は唾を飲み込んだ。

「いやな予感がする」

「思い当たる事でも?」

 アンドロマリウスの問いに、シェリルは言葉に詰まった。思い当たる事がないとは言えないが、遥か過去の事である。今更それを理由に兵士が伝言に来るとも思えない。そもそも、当事者はすでに没して久しい。

 シェリルは溜息を吐いた。正直に言おう。

「王族の三代目が失礼だったからぶちのめした」

「……今は何代目だ?」

 彼は口角を下げ、シェリルを刺激しないようにそっと聞いた。

「多分十代目」

「――時効だろう」

 アンドロマリウスは目を逸らした。シェリルは、こう見えて血気盛んな所もある。ロネヴェと共に活動していた時にでも、何かあったのだろう。

 だが、それだけ昔の出来事を掘り返すとは、アンドロマリウスにも思えなかった。




 一通の書簡が届けられた。兵士が揉め事を起こしてから数日が経ち、二人とも彼らの事を忘れかけていた。そんな時であった。

「――は?」

 書簡を読み、険のある声を出したのはシェリルである。アンドロマリウスはそれに反応して書簡を覗き込んだ。

 整えられた書体で書き連ねられたそれは、招待状とは書いてあるが脅迫状と言った方が正しいような内容だった。


 ――エブロージャがカプリスの街に御座す稀有なる召喚術士、シェリル殿。

 そなたの日々の働きは、王宮まで伝わっている。

 我が民を平穏へと導き、感謝する。

 我が祖先はそなたと直接会話をしたと聞く。

 我は、そなたと交友を深めたく思う。

 そなたがエブロージャから出ている間、我が兵を使わす。

 気が付いておるかもしれぬが、既に一千の兵がそちらに滞在している。

 じきにもう一千増えるであろう。

 街の事は気にせずに、是非、カリスまでお越しいただきたい。

 もちろん、そなたに仕える悪魔も一緒で構わぬ。


 そなたと会える事を楽しみにしている。

 カリスの皇子、クリサントス――


「ずいぶんと強気な書簡だな」

「一千の兵を賄うだけでも大変なのに、更に一千増えたら破綻しちゃう。

 治安も悪くなるに決まってる。

 本当に、ここの王族は最低な人間ばっか」

 彼女はそう愚痴た。

 シェリルの住む街、カプリスは俗称の通り、恵まれた街となっている。だからといって「突然人口が増えても大丈夫」という訳ではない。


 資源は有限である。恵まれてるとは言っても、生産が間に合わなくなるのは目に見えている。

「下手したら、兵士に襲われて壊滅だな」

「街を出るのはあんまり気が進まないんだけど」

 二人は揃って溜息を吐いたのだった。


 脅迫まがいの招待状を受け取ってしまったからには、行かないわけにはいかない。二人はしぶしぶといった表情であったが、動きは早かった。

 面倒な事はさっさと終わらせるに限る。それが二人の中で共通する気持ちであった。

「マリウス、カリスに着いたら正装買うから」

「移動に邪魔だしな。構わん」

 シェリルは最低限の着替えを詰め込みながら言った。アンドロマリウスの方は返事をしながら、水嚢等の装備品を確かめている。


「あ、翼は消してね」

「分かっている。

 面倒事は皇子だけで十分だ」

 彼女が使用できる範囲で、できるだけ大きなヒマトと比較的小さなヒマトを選び、シェリルは身に纏う。小さなヒマトは砂嵐から顔を守るためのものだ。砂漠や乾燥地帯を移動する時の必需品である。

 アンドロマリウスもまた、同じように自らの身体に合わせたヒマトを選ぶ。旅装束となったシェリルは短剣を装備した。


「移動手段は」

「ヒポカに乗る。

 カメロよりも値は張るけど速い」

 珍しくシェリルが短剣を手にした為、アンドロマリウスは自身の装備を選びに武器庫へと向かった。


 不思議な事に、騎士団は装備品のすべてを回収せずにカリスへと戻っていった。その為、武器庫には潤沢とは言えないが、それなりの量の武器が保管されている。

 アンドロマリウスは少しだけ迷った末、一本の槍と一本の長剣を選んだ。この世界の事は、シェリルの方が詳しい。

 それに、人間のように旅をする。これがどういう事か、理屈では分かっていても実際には初めての旅だ。彼女が武器を持つならば、アンドロマリウスもそれに習うだけである。

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