限りなく公平な天使
「どうだい? 調子は」
アンドレアルフスとは対照的な静謐な美しさを持つ悪魔がやってきていた。優雅に紅茶を口にする姿はアンドレアルフスと同じく精錬されている。
「お陰様で」
「まあ、元気もあるみたいで良かったよ」
先日の事を言っているのだろう。アンドロマリウスの部下からは恐れられ、アンドレアルフスからは笑われた。
「君にそれだけの元気があるのは、魂が安定している証拠だ。喜ぶと良い」
シェリルの知る近しい悪魔の中で、一番客観的に物事を言うのがプロケルだ。ある意味彼の言葉は信用できる。
伏し目になって隠れてしまった彼の瞳は琥珀色で、全体的に白っぽいシェリルとは違って仄かな異質感を与える。
瞳孔は縦に開いており、より人外さを醸し出しているが、同時に猫やミャクスのような雰囲気を感じさせていた。
人懐っこさと好奇心が冷たい殻に覆われている。そしてその冷たい殻は物事を正確に捉えて評価する。
アンドロマリウスごと悪い悪魔を退治した話は、アンドロマリウスの部下からすれば上司まで巻き込んだ恐ろしい所業に映り、アンドレアルフスからすれば滑稽に映った。
それが、プロケルからすればシェリルが己の力をうまく扱えているように映った。
つまり彼女の力を安定させる要素である魂の状態が良好である結果であると判断する材料となった訳である。
「……シェリル」
真っ直ぐな琥珀がシェリルを射抜いた。思わず姿勢を正す。
「君は信じる道を疑わずに行きなさい。
その道が正しいものとなるように私が調整しよう。
私はそれだけの力を持っているのだから心配はいらないよ」
突然の言葉にシェリルは反応に困った。何が言いたいのか、シェリルにはうまく理解できない。ただ、彼が本気でそう言っているのだけは分かった。
プロケルが身を乗り出してシェリルの頭を撫でた。
羽が撫でるかのような軽い触れ方に彼との距離感を感じる。プロケルとの繋がりは浅い。なのに少しばかり寂しくも感じた。
「ロネヴェの時は、何もしてあげられなかったからね。
今度こそ行動する。それが私の贖い方なのだよ。
迷惑かもしれないが協力してくれもらう」
苦々しい思いと共に吐き出された言葉は、シェリルにぶつかって消えた。
「私の事は、アンドレと同じく親友だと思ってほしい。
私もそう君の事を思うし、もし何か困った事があれば気軽に相談してほしい」
「プロケル……」
シェリルは目の前にいる悪魔の事を多くは知らない。
それはきっとプロケル自身がシェリルの事を知らないのも同じだ。それでも力になりたいと言ってもらえるのはとてもありがたい事だった。
彼は風のようにシェリルの頬を撫でてから身体を引いた。猫目を緩ませて微笑みを作れば、天使そのものに見える。
「万が一、マリウスと喧嘩をした時は私を訪ねてくると良い。
そういう時アンドレではなく私を頼りなさい。私は限りなく中立だから」
アンドレアルフスを否定する理由は分からなかったが、きっと彼らにしか分からない事があるのだろう。シェリルはとりあえず頷いておいた。
突如プロケルがシェリルの眉間をつつく。びっくりして頭を上げれば、視界いっぱいにいたずらが成功した時のような顔が広がった。
理解せずに頷いているのがばれてしまったのだと気が付いた。
「ふふ、そういう可愛らしい事もするのだね。
ではそろそろマリウスが戻ってくる頃だから退散しよう」
間男のような言葉を残してプロケルは霞のように溶けて消えた。
シェリルが瞬きをしている内に珍しくどかどかと音を立てながら足音が近付いてきて、ついに扉が開いた。
漆黒の悪魔が目尻を釣り上げている。
「おい、プロケルはどこだ」
「……今消えた所よ」
舌打ちをしてうろうろと歩く様は猛獣そのものだ。彼の周囲を落ち着かない様子で眷属が鎌首をもたげて見守っている。
プロケルが飲んでいたカップを見て禍々しい物を見てしまったと嫌そうに眉をひそめるのを見て、シェリルは笑ってしまう。
こんなに焼き餅焼きだっただろうか。魔界に来てからすっかりと可愛らしくなってしまったアンドロマリウスに、シェリルは微笑んでみせるのだった。