プロケルの罪と贖い方
あまりの変貌ぶりにプロケルは一歩下がった。少しだけ距離を置いて考える。この乙女はこの乙女で、殺められた青年は青年で、別々視点からシェリルを守ろうと心から行動を起こしたのだろう。
今分かった所で、プロケルにはできる事などない。ただ目の前で激昂する女を宥めるだけだ。
掴みかかろうとする女は、プロケルが線引きした結界に拒まれ続けている。
アンドロマリウスやシェリルが少し力を込めて触れれば壊れてしまうような簡単な結界でも、力のない人間が触れれば凶器となる。
「卑怯よ! シェリル様を返して!!」
結界に触れ続け、真っ赤になった掌で結界を叩く。ガラスを叩くような感覚で彼女はやっているが、その実かなりの無茶である。
「できません。今のあなたはシェリルに近付けば必ず害となるでしょう」
女はこの世の悪を煮詰めたような顔に変わった。アンドレアルフスを支える一族なのにも関わらず、シェリルを優先させる人間がいるとアンドレアルフスから聞いた事がある。
これが、そうなのかもしれない。それにしても、とプロケルは掌から拳に変わって結界を叩き続ける女を冷めた視線で眺めた。人間とは恐ろしい。
彼女の掌は薄皮が破け、血が滲んでいた。それを握りしめて拳に変えてもなお同じ行動を続けている。今では血が指の隙間から滴り始めている。
「おやめなさい。これ以上無駄に傷つく事もありません」
「シェリル様を解放してくださるのなら!」
聞く耳を持たない。どうしたものか。
こんな恐ろしい人間がいるとは聞いていない。
アンドロマリウスの事だ、シェリルの事に気を取られるあまり、この女の存在を忘れているに違いない。
プロケルはロネヴェに対して後悔している事があった。ロネヴェが殺す事になった悪魔が彼のもとへ向かうのを阻止しなかったのはプロケルである。
どうせ追い払われて還ってくる事になるだろうと軽く考えていた。
その結果はどうだ。
見逃した悪魔はロネヴェに殺され、ロネヴェはその責任を負って死んだ。謝れば良いという問題ではない。プロケルはシェリルを殺し損ねた時、いつか彼女を手助けする事で罪を贖おうと誓った。
それが、シェリルが一人きりになった時に幻影を与えたり、アルクの森とカプリスの街へ降り立ったりした理由である。
もちろん、ロネヴェの育ての親であり親友であるアンドロマリウスやアンドロマリウスが堕天してから面倒を見てきたアンドレアルフスに力を貸したのは、単に親友だからという訳ではなく、きっかけを作ってしまった罪を贖う為でもある。
シェリルを守る為には、この女には近付いてもらいたくない。シェリルが幸せになれるきっかけとなる事が、プロケルの贖い方なのである。
この女を殺したらシェリルは嘆くだろうか。嘆くだろうな、と物騒な事を考える。相変わらず目の前の女は結界を叩いている。
そろそろ手が使い物にならなくなるのではないだろうか。女のくせに、男のような根性を見せる。主を裏切る事さえなければ評価できたのに、惜しいものである。
死んでいた事にして、シェリルの魂の足しにするならばちょうど良いかもしれない。声を枯らす勢いで罵詈雑言を口にしている女の魂を覗き込んだ。
魂の状態を知ってから決めようと思ったのである。プロケルは魂の回収をよく行っている為、魂を視る事は特技の一つである。
天使のような見た目をしているから、契約なしに魂をもらえる事が多いというのが理由である。そういう事をずっとしていれば、魂の質を人間の殻越しにでもはっきりと分かるようになる。
女の魂は中途半端だった。元々はあの男と一つの魂だったようだ。アンドロマリウスが犠牲になった男の魂をシェリルの足しにすると決めた理由が分かった。
珍しい事もあると思ったが、どうせこの世界で流転できないのなら、それが一番良い使い方だ。その男の働きが死してなお無駄にならないのだから。
「シェリルのもとへ連れて行っても良いけれど、あなたは死ななければなりません。
彼女の様子を見る為だけに肉体を手放せますか?」
プロケルは慈悲深い天使を想像しながら、控えめな笑みを浮かべるのだった。