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贖う者  作者: 魚野れん
第十七章 贖う者
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必要な振り返り

 フロレンティウスがしびれを切らしてしっぽを出すのを待つのは簡単な事ではなかった。途中でシェリルの乱入があったからである。

 久々に見た彼女は他者の存在を借りていた。普通の人間であればこれがシェリルであるとは気が付かない。


 借りる相手の存在を奪うこの術は、術者の肉体を完全に他者のそれへと変える。

 貸した側は返してもらうまでは誰でもない存在になってしまう。術者も別の人間として動く為、うっかりすると元の姿に戻れなくなる事もある。


 両者に対する危険度が高いせいか、この術を使おうとする人間はほとんどいない。


 シェリルの出迎えは召還術士としてこの城に滞在しているアンドレアルフスが扮するマリアが行くべきだが、自分が行きたかった。

 予定よりもかなり強く突き放してきた存在が追ってきてくれたのだ。それなりの理由があるだろうし、別の姿になっていても元気な様子が見られるならば価値があるというもの。


 アンドロマリウスはアンドレアルフスに姿の交換を申し出、シェリルを迎えに行った。

 シェリルが危険を冒してまで現れた理由は「アンドロマリウスを信じたいから」だった。

 恐らくユリアから話を聞いたのだ。それで、賢い彼女はアンドロマリウスがシェリルに対して不の感情を持っているからこそ揉めた訳ではないのだと気が付いたのだろう。


 全てが終わるまで、気が付かずに引き籠もっていれば良いものを。プロケルが暇つぶしの相手を寄越してくれていたのだから、それを相手にして塔から出なければ良かったのに。

 そう思う反面、シェリルが自分を信じようとしてくれている事に喜びを感じた。


 だがその喜びも長くは続かない。


 シェリルがアンドロマリウスに心を開きつつあるのを実感するも、彼女は奪われてしまった。

 それはフロレンティウスと共闘していたクスエルの仕業であった。


 シェリルは目の前にいるのに、遠くなってしまったのだ。今は肉体も魂も何もかも自分の腕の中にある。

 しかしあの時は頬に落ちる淡い色彩のまつげの陰や、ほんのりと開いた薄紅色の唇、隙間から見える赤い舌……いつ見ても見飽きる事のないこの姿はそのままに、存在だけが遠かった。


 あれほど焦った事はなかったかもしれない。まだ先ほど少年と対峙していた時の方が冷静だった。

 一瞬の内に頭が真っ白になった。シェリルの中を覗いたら、何もなかったのだ。

 シェリルを抱き上げてアンドレアルフスのいる部屋まで走るくらいには、動揺していた。


 もう二度と目が覚めないのでは、と一瞬でも焦った自分がいた。今だって思い出せば、ぞっとする。

 それとは別に何事も淡々と行っていく自分が、目の前の人間に対してだけ感情の触れ幅が大きいのがおもしろくも感じる。


 この感情の流れを正直に受け止めるのは、今更ながらこそばゆい。しかしこの振り返りは必要な事だ。

 アンドロマリウスは目の前で眠り続けるシェリルの額に頬を寄せた。穏やかな温もりはアンドロマリウスの心を慰めた。


 ロネヴェからの預かりものだという感覚は、その時点で既にほとんどなかったのだろう。

 アンドレアルフスに眠ったままのシェリルを預け、フロレンティウスのもとへと喧嘩を売りに飛んだのだから。


 高ぶる感情のままにぶちのめしてしまいたいという思いをねじ伏せ、アンドロマリウスは何とか立ち回った。

 シェリルから独立して動き回っていた分のツケが彼を追い込み苦戦させられていたが、フロレンティウスから離れた天使にシェリルを持ち逃げされる訳にはいかない。


 無論、この天使クスエルはアンドロマリウス等悪魔も対処してしまうつもりで、逃げる様子は見られなかった。

 条件の悪い膠着状態の中、シェリルが目を覚ます事で一気に形勢は逆転する。彼女が機転を利かせてくれたのである。


 シェリルがクスエルの力を奪ってアンドロマリウスとアンドレアルフスに分配する術を展開したのだ。

 シェリルの柔軟な思考に助けられたが、彼女の限界すれすれの術にアンドロマリウスは身を削った。

 アンドロマリウスはシェリルとの契約印を直ちに繋ぎ、彼女に直接流れ込もうとする力を奪いながら魔の力を送るという無茶をする事になる。

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