アンドロマリウスなりの思い
シェリルの身を清め、ケルガを纏わせたアンドロマリウスは彼女を抱き締めたまま椅子に座っていた。膝の上で横抱きにし、片腕で彼女の背を支える。
首筋の曲線にシェリルの頭がぴったりと合う。最初からそうなるように設計されたかのようだ。彼女の滑らかで美しい髪が首に張り付いた。
彼女の身を清める間、アンドロマリウスはずっと考えていた。
ロネヴェの死に対する己の贖い方は合っているのだろうか。
シェリルがアンドロマリウスをどう思っているのか自信が持てないように、ロネヴェに対する己の動きが合っているのか自信が持てなかったのである。
ロネヴェの願いは、シェリルの幸福である。
シェリルがどうすれば幸せになるのか、答えが出ないまま時間だけが経ってしまっていた。
ロネヴェと共に生きる事が彼女の幸せであるならば、アンドロマリウスは叶えてやる事ができない。最初はロネヴェという生きる糧を失ったシェリルに憎い相手という餌を与える事でやり過ごした。
だが、人間は憎しみを持つ事で幸せになれる種族ではない。幸せにさせる為、徐々に方向を変えていくしかない。
膠着状態に陥っていた時、アンドレアルフスがその方向転換に一石を投じてくれた。
憎まれ役であるアンドロマリウスの言葉では、こうはうまくいかなかっただろう。シェリルの長い髪を空いている左手で梳く。きらきらと小さな光りを反射させながらゆっくりと指の間を流れ落ちていった。
シェリルの気分が沈みにくくなっていったのは、アンドレアルフスのお陰だ。
その時はまだ、アンドレアルフスがシェリルを笑顔にしてくれれば良いと本気で思っていた。
ロネヴェの恋人は、自分の子供みたいなものだ。彼女は決して喜ばないだろうが、可能な限り密やかに慈しんできた。
当時の彼女からすれば、気の利く下僕に感じただろう。とにかく過保護なくらいに彼女の世話を焼いた。
クリサントスから呼び出された時、ようやく表面上ではなく心から信頼されるようになった。彼女からの信頼は、思いの外アンドロマリウスに喜びをもたらした。
彼女が召還術士として復活を遂げ、その活動を補助している内にひっそりと思い描くようになっていた希望も、ほんの少し達成できた。
一房でも漆黒に染まったシェリルの髪は美しかった。
一筋の闇がそのままシェリルとアンドロマリウスの関係のようだった。
そんな喜びも冷めぬ内、人質を取られ、シェリルが狙われるという急展開が待ち受けていた。焦るアンドロマリウスを制し、自らを削って道を開いたのはアンドレアルフスだった。
その時、魔界における親と言える存在でもある彼は、アンドロマリウスに道を指し示した。
泥臭くても、情けない姿を見せる事になろうとも、その姿は正に誠実そのものだったのだ。
今までの自分がいかに上から目線だったのか、上っ面だけだったのかを思い知る。
アンドロマリウスは、親が子を面倒見るようにしていたつもりだった。
だが、「してやっている」感覚と「所有物」のような独占欲が常に付きまとっていた。
シェリルはアンドロマリウスのものではなく、むしろ主である。己の今までがいかに不誠実であったか、見かけ上の誠実であったかを反省させる事となる。
アンドレアルフスには助けられてばかりだ。彼は気が付いていないだろうが、その自然な動きはアンドロマリウスの手本のようだった。
アンドロマリウスは気持ちを切り替え、シェリルの幸せについて考え直した。
その結果導かれたのは、シェリルが変わらず召還術士としての生活を望んでいるという事だった。
そしてそれを守ろうとするばかりに、彼女を傷つける結果となる事をアンドロマリウスは後で後悔する事になる。