魂の補い方
シェリルの耳から外した耳飾りを軽くいじる。少しずらすと、結晶がころりと掌に転がった。
「そういえば、アンドレが用意していたね」
アンドロマリウスは掌に転がり落ちたその結晶をシェリルの口内に指ごと入れた。指に力を入れて結晶を割ると、砂糖菓子のように結晶は崩れていく。
口の中に指を入れたのが気持ち悪いのか、シェリルの舌がアンドロマリウスの指を力なく押し返す。かわいらしい抵抗に口元が緩むのは仕方がないだろう。
結晶の感触がなくなるまで、意味のない抵抗を無視し続ける。
さすがに長時間口の中に異物があるのは辛いらしく、シェリルの眉は歪み、口からは涎がこぼれていた。指を引き抜けば口元をもごもごと動かし溜息を吐く。
そんな姿を見ながらアンドロマリウスは口元を綺麗に拭ってやった。
シェリルに飲み込まれていった結晶は、そう時間の経たない内に魂へと吸収されていくはずだ。
残りの不足分はアンドロマリウスが力を与える予定である。まずは今取り込んだ力がシェリルの魂のどの程度になるのかを確認するのが先である。
本当は魂を取り出してから行う方が遥かに楽だ。
だが、シェリルは健康な肉体を持っているし、力の使い方も上手い。上手く力を使えない者であれば、肉体から引き離すしかない。
肉体から魂を引き離すのは、端的に言えば死を意味する。
すぐに戻せば息を吹き返すと分かっていても、アンドロマリウスはシェリルを死なせたくなかった。
行き場を求めてシェリルの体内を彷徨っていた無の力は、生命活動に一番影響を及ぼしている魂の不足に気が付いたらしい。
アンドロマリウスが働きかけるまでもなく、無の力はシェリルの魂へと吸い込まれていった。
「自分から難易度を上げるなんて馬鹿でしょう」
「馬鹿と言われても構わん」
プロケルが面倒な事をしなくとも良いと指摘してきても、受ける気はなかった。
提案を受ける気のないアンドロマリウスを見ているのに飽きたのか、彼は唐突に立ち上がる。
「私、事後処理をしてくるから、君はそっちに集中していると良い」
一瞬何の事だろうかと思ったが、街の状態を戻すという意味だろうと思い当たる。何もしないまま過ごすよりは有意義だと言う事だろうか。
まだこの街は臨戦状態だ。
この塔の付近に人間がいなかったのは、単にシェリルとアンドロマリウスが脱出して無人になったのが知れ渡っているからである。
塔の周辺にはいないと思われているからこその平穏であり、街全体として考えれば未だに危険な場所であった。
髪型を気にして手入れをしている所を見るに、プロケルはその見た目を生かして火消しに走ってくれるつもりらしい。
住人達を説得するのか、記憶をすり替えるのかは知らないが、代わりにやってくれるのならばとても助かる。
「私が戻ってくる頃には、還る準備を終えていてほしいものだ」
天使のような外見の美しい悪魔はそう言って塔から出ていった。
シェリルの胸元に掌を乗せれば、非常にゆっくりではあるが確かな鼓動が伝わってくる。鼓動が遅いのは、シェリルの身体機能を極限まで落としているせいである。
慎重に鼓動を探れば乱れがないのが分かる。確実に魂が補われつつあるのを感じ、安堵の息を吐く。
無の力は馴染みやすい。完全に馴染む前にアンドロマリウスの力を流し込んだ方が良いだろう。
そう考えながらアンドロマリウスはシェリルの魂の大きさを思い描きながら、彼女に口付けた。そっと力を流せば、待っていましたとばかりに吸い込まれていく。
アンドロマリウスの力を奪った所でシェリルの魂が元に戻る訳ではない。それでも力で補えば、いつかは魂と同化する。
だから不完全な魂を力で補い、完全だった時と変わらぬ生活をする事は可能である。
シェリルの魂が元通りの大きさになるまで貪欲に力を啜り続けてくれるとありがたい。アンドロマリウスの方から無理矢理に与えれば、拒絶反応が起きる可能性が高くなる。
そうなってしまえばおしまいだ。漆黒の悪魔は与える力の量を調整しながらシェリルに与え続けたのだった。