漆黒の悪魔の告白
「自分の意志?」
シェリルは話を促そうと、聞き返した。彼は目に見えてはぁ、と息を吐いた。よほど言いたくないのか、言うのに覚悟がいるのか。
ちらりとプロケルを盗み見れば、彼は目を爛々とさせてアンドロマリウスを見つめていた。
アンドロマリウスが何を言うのか、彼も気になっている所を見ると、この状態はかなり珍しいものなのだろう。
「生まれた街の為ならば犠牲になる事を厭わない、その姿を気に入った」
ぽつりと、器から溢れてしまった滴のようにアンドロマリウスが言った。その言葉を皮切りに、彼の口から言葉が零れ始めた。
「ひたむきで、人を貶めたりしない、まっすぐで筋の通ったお前は、良い召還術士だと分かった。
ロネヴェが召還術士のシェリルが好きだと言ったのが分かった気がした」
アンドロマリウスの瞳が揺れた。ロネヴェと同じ、紅い瞳は優しい光を帯びている。
「ロネヴェはシェリルが召還術士でいる事に拘りを持っていた。
そんなに愛しているならば、眷属にでも魔女にでもしてしまえと言ったんだが……あいつは召還術士として生きていけなくなると怒りはじめたんだ」
シェリルを通してロネヴェを見つめているようだった。ロネヴェの未来はシェリルなのだと、そう言った彼の言葉がよみがえる。
「何をそんな世迷い言を、と思ったものだ。
ロネヴェを失い絶望して抜け殻になったお前を見ている時も、なぜこんな女の為に命を失ったのか、理解に苦しんだ」
「……」
耳の痛い話だった。
生きようとせず、ただぼうっとしていた時期はそこそこ長い。守ってもらった命を思い、精一杯召還術士としての生活をしていけば良かったのだ。
彼が守ろうとした意味も、何もかもを見失って時間を無駄にしたのだ。
「だが、お前の今までの活動を知り、そして前を向き始めてからのお前と共に生活していくにつれ……その認識は改めさせてもらった。
それと同時に召還術士シェリルへの周りの注目度も上がり、守りにくくなっていった。
協力して乗り越えてきた訳だが、その内に絶対の信頼を預け合う事ができる事に気が付いてしまった」
信じる事は簡単で、信じ続ける事は難しい。
互いへの理解や情がなければ、長い時をやっていく事はできない。
「……お前が俺に頼ってくると、変に昂揚する自分がいた。
こいつを守ってやれるのは俺だけだと……そう思う事に愉悦を感じる事もあった。
俺の力を受け、色を変えるお前に何ともいえない喜びも感じた」
アンドロマリウスの独白――いや、告白は長かった。
好きだとか、愛してるとか、そう分かりきった言葉ではない言い回しに、彼が今まで溜め込んできた感情を知る。
正直、シェリルは少しだけ戸惑っていた。ただ真っ直ぐに彼がシェリルに対して「愛」という言葉が一つでも聞ければ良いと考えていた。
「俺は、ロネヴェが死んでまで守りたいと言っていた女に横恋慕のような感情を持ってしまった。
決して己のものにはならないと分かっていて、お前がロネヴェの力を使って作り上げた束縛の術式を口実に、唯一の存在になったのだ。
……そんな口実がなくなった今は、どのような形であれ、お前と共にありたい。それが俺の本心だ」
ロネヴェの愚直な告白とは種類の違う、強烈な告白だった。
シェリルはアンドロマリウスを見つめたまま、正直にさらけ出した悪魔を強く意識した。
「ありがとう。分かったわ」
一番奥の、できればシェリルとの縁が切れるまで秘密にしておきたかったであろう柔らかな部分を見せられ、シェリルも正直になる覚悟を決めた。
「――アンドロマリウス。魔界に還りなさい」
小さく見開かれたアンドロマリウスの姿は、少しだけ情けなさを滲ませていているのが印象的で美しかった。