ずるい女の問いかけ
「ふふ、マリウス振られたね」
プロケルが猫目を細め、愉快そうに笑う。猫目というよりは狐目のようだ。シェリルは振るも振らないもない、そういう意図ではない、と言いそうになるのを我慢した。
とても身体が怠かった。こんな状態で言葉を選べるわけがないのだ。
アンドロマリウスに抱き上げられて、自力で立つよりははるかに楽な状態にあるから文句も言えない。……もとより、文句を言うつもりはないが。
「構わん。嫌われこそすれ、好かれる理由もない」
彼は苦笑すると、あまり見せない柔和な顔を見せた。シェリルはそういう意味で断った訳ではないし、自分が見せた過去の恨みを抱える女はもう存在しない。
なのに、それを全て受け止めたつもりでいる男に切なさを感じた。
「嫌いだったら、“私の為に死んで”って言っていたわよ」
死なせたくなかった。これ以上、大切な存在を失いたくなかった。それが愛する悪魔を殺した相手だったとしても、だ。
今なら彼の苦悩も覚悟も納得できる。
アンドロマリウスの優しさを知ってしまったら。
育ての子であり親友でもあるロネヴェの意志を守る為に“彼を殺す”という決断をするほど、深い愛情を持っている事を知ってしまったら、憎みきれなくなってしまった。
ロネヴェの願いをし聞き届けて最期の契約を交わし、シェリルを守ってくれた。
きっと彼だって昔口論になった時に言い放った通り、シェリルの事を息子を殺す決断をしなければならなくなった元凶だと、少なからずとも思っていただろう。
拒否したり、表向きの契約で済ませたり、やりようはいくらでもあっただろう。
それでもロネヴェの愛した人間だからと、シェリルを支え続けてくれた。シェリルはアンドロマリウスがいなかったら、生きていない。
こうして抱き留めてくれるたくましい身体、この温もり、彼の強い意志と優しさ、情の厚さ、全てが愛しかった。
「守られるだけだった私は、もういないわ。
本当はもっと前に気が付くべきだったのよ」
アンドロマリウスからすれば、脈絡がないと思うに違いない。
だが、核の記録達と接触したシェリルは、今からでも正直になるのは遅くないのだと、気が付いてしまった事をなかった事にはできないのだと知った。
彼がどんなに怪訝そうな顔をしていても、関係ない。
「千年近く……私達、一緒にいるのよ?
そろそろ喪が明けても良いと思うの」
アンドロマリウスはシェリルの言葉を聞いていた。
彼女の言葉を最後まで聞き、並べ直して理解しようとでも考えているようだ。
「正直に言って。
私を守る理由、ついて回ろうとする理由を」
彼の瞳がきゅっと開いた。小さく口を開き、そして閉じる。記録のアンドロマリウスも似たような事をしていた。
最後までは聞けなかったが、言おうか迷った末、言うと決断した時と同じだった。
今度こそ、最後まで聞けるかもしれない。シェリルはアンドロマリウスを見つめ続けた。
「最初は、ロネヴェの最期の願い――それだけだった」
知っている。アンドロマリウスはシェリルの事をほとんど知らなかった。だが、ロネヴェの願いを叶える為、シェリルを守り支える事にしたのだ。
そうでなければ、知らない女の為に自ら塔の地下牢に繋がれてみたり、シェリルが嫌がろうと面倒をみてみたり、彼女の代わりに塔を管理したりする訳がない。
「だが、今は自分の意志でもある」
守りたい、そう思ってくれている。それも知っている。
回りくどく言うアンドロマリウスはとても珍しい。それだけ言いにくいのだろう。
出会いが出会いなだけに、二人の関係は複雑だった。時に距離感について立場を忘れたのかと、たしなめられた事もある。
言葉を選んでいる内に回りくどくなっているだけかもしれない、とシェリルは考え直した。
シェリルの意志は固まっている。けれども、それを口にするには自信がない。自分はずるい女なのだ。彼の意志を確認してから、自分の気持ちを出そうとしているのだから。




