シェリルの今後
シェリルは少年が眷属に飲み込まれるのをじっと見つめ、眷属の体内で蠢く様まで見つめている。
何を思っているのか、その瞳を覗き込めば分かるだろう。
元通りになった力を使えば彼女の心など簡単に覗き見る事もできるが、そうしたいとは思わないし、だからといって直接覗き込むといった子供のようなまねはしたくない。
アンドロマリウスは眷属が逐一知らせてくる少年の様子を聞きながら、シェリルを見つめていた。
「結構しぶといものだね……まだ動いているよ。
もう少し時間がかかりそうだ」
プロケルのしみじみとした声が響く。少年が事切れるまで見つめているつもりなのかと思えば、彼は興味を失ったかのように今まで少年と眷属ばかりへ向けていた視線をシェリルへと移した。
「改めて、初めまして。
見ての通り、悪魔プロケルだよ」
プロケルは凛とした態度でシェリルに礼をした。魔界の貴族のような美しい礼に、シェリルが息を吐いたのを感じ取った。
「初めまして、悪魔プロケル。
ついこの前、天使プロケルにはとても助けられたわ……」
同一人物ではあるが、一応別の存在という事になっている。形式ばかりの挨拶をしながら二人は笑顔を交わした。
プロケルは側まで近づき、シェリルごとアンドロマリウスを抱き締める。
「無事で良かった。
アンドレが私の屋敷に転げるようにして現れた時は、さすがに焦ったよ」
アンドロマリウスの耳元で小さく囁いてすぐに離れた彼は、なかなか素直になってくれない猫のようだった。
「アンドレは大丈夫なの……?」
シェリルの心配そうな瞳がプロケルを向く。顔を上げた彼女の表情は心配げで、少しばかり顔色が悪かった。
「危険になる直前に逃げ帰ったから、彼自身は平気さ。
ただ君をとても心配していたよ」
「そっか……良かった」
シェリルが吐息と共に安心の声を漏らす。
「全員が安心したところで、君は今後どうするつもりなのかい?」
恐らくこれがプロケルの本題だろう。シェリルの方はきょとんとしている。
シェリルはこの先どうするかなど、考えている余裕もなかったはずだ。
アンドロマリウスとしては、シェリルには魂をゆっくりと休ませる時間が必要だと考えていた。
少年の魂をちぎって使うか、アンドロマリウスの力を使うかして彼女のすり減った魂の補充をしなければならない。
そうしなければ、シェリルは今までと同じ生活が不可能になってしまう。
消耗した魂の質量を元に戻す事は重要である。それだけはなんとかしてやりたかった。
誰かの介助なしに生きていけないとなっては、シェリルを守った事にはならない。そうアンドロマリウスは思っていた。
「まだ、考えもつかないわ……」
シェリルの返事は予想通りだったのだろう。
プロケルは優しい表情を作って、今彼女が置かれている状況を説明し始めた。
「これほど大きな話になってしまったからには、この街にはもういられないよ。
君自身の事に関して言えば、長い休養が必要な状態だ。
それに、長い休養を得て元の状態に戻ったとしても、今までのようには生活できないだろうね」
シェリルの頬を撫で、ゆっくりと話す。
「君の価値が変わりすぎたのだよ。
悪魔の核を一時的とはいえ預かる人間なんてあり得ないからね。
いや、君が人間じゃないと言っているわけではないよ。
人間は時に規格外の事をやってのけるから、ある意味これは人間だからこそ成せた技だと私は考えている」
シェリルは戸惑っているようだ。居心地悪そうに、アンドロマリウスの中で彼女が動いた。
だが、プロケルの言葉は本当の事だ。残念ながら、今後の行動はいくつか選択肢はあるものの、全てにリスクが伴っている。
「元から注目されてはいたけれど、今後は親魔派として天使どもに狙われるだろう。
この街を出て旅をするのなら、不特定多数の権力者にも狙われるようになるだろうね」
面倒な立場になったのはシェリルもしっかりと認識できたらしい。神妙な表情で静かに息を吐いた。
アンドロマリウスは彼女が何を言い出すのか、それによってどう自分が動くべきか、思案を巡らせるのだった。