少年の最期
眷属が呻き声を漏らす少年を囲う。
「ううん、元に戻らないか……残念」
「あ……がぁ……」
プロケルはさして残念そうでもなく、むしろ面倒そうに呟いた。
アンドロマリウスの眷属はプロケルの方を一斉に向き、それから互いの身を合わせ始めた。
彼らは体を擦り合わせるようにして同化していき、少しずつ成長していく。
「祝福代わりに力を注いだから少しは楽になると思ったのだけれど」
「……悪魔の力で天使が楽になれるはずなかろう」
絶対にわざとだ。アンドロマリウスはそう思った。分かっていて力を与えたのだろう。
適応できない相手は不必要だから、元通りになどする必要はないのだ。
「それもそうだったね。
ふふ、かわいそう……」
プロケルの一押しで状態を悪化させた少年は、涙で顔を濡らしながら涎を垂らしている。
慈しむかのようにゆっくりと優しく濡れた頬を撫でながら、プロケルは愉快そうに目を細めた。
濡れた指を舐め、笑う。今いる誰よりも悪魔らしい所作だった。
「おや、おなかでも空いているのかな?」
プロケルが大蛇へと変わりつつあるアンドロマリウスの眷属を撫でる。
「おいしそうな若い肉が目の前にあるから、気になってしまうのも仕方がないね」
プロケルが眷属に勝手な事を吹き込んでいた。
「プロケル、それは俺の眷属だ」
「親友の君の眷属は、私の友達だよ。
お話しするのも駄目なのかい?」
いかにももったいぶったように眷属を撫で、その頬にすり寄る。白銀の悪魔に漆黒の蛇が対となって彼らを怪しい雰囲気にさせている。
漆黒の蛇は心地よさそうに目を細め、ちろちろと舌を見せた。
「彼には恩があるからね。
君の主が良い具合に解放されたのは、この少年のお陰なのだよ。
そんな彼が苦しみ続ける姿は見たくない。そうは思わないかい?」
アンドロマリウスはのんびりとくつろぎ始めた自分の眷属を見て、プロケルを睨みつける。
「お前がそうやって誘導しなくとも、元からそのつもりだ。
……己の行動には責任を取ってもらう」
ここまでかき乱してくれた少年を、このまま放置するつもりはなかった。
シェリルが死ぬかもしれなかったのだ。「助かりました、良かった」で済ます気は全くない。
「残る魂は保険に取っておいた方が良いよ。
こんな貴重なもの、滅多に手に入らないし」
プロケルは人差し指で蛇の鼻先を撫でて、うっとりとしている。
シェリルは物騒な会話をしているにも関わらず、眷属をじっと見つめていた。大蛇が珍しいのだろうか。
「……後で私も撫でたい」
「――落ち着いたらな」
アンドロマリウスの視線に気が付いたのか、シェリルが見つめてきた。駄目だ、とも喜んで、とも答えにくく、無難な返事をする。
彼女は期待に満ちた視線を一瞬寄越し、眷属の方へと移動させた。
気の抜けるやりとりとは裏腹に、シェリルが人間の命に対して何も文句を言わない事が頭の片隅に引っかかった。だが、特に気にする事でもないだろう。
今回は命を失いかねない、危険な事ばかりだった。さすがのシェリルも少年に対して許すという感情は生み出せないだろう。
「喰うが良い」
アンドロマリウスは躊躇いもなく、眷属に指示をした。対象を丸飲みする蛇は便利だ。魂は後で吐き出させれば良いからである。
主から許可を得た眷属は少年に巻き付き、彼の頭上で頤を開いた。勢いよく少年の頭を飲み込み、そのままゆっくりと幕を下ろすように眷属の頭が降りていく。
上半身が漆黒の大蛇に飲み込まれた所で、少年のバランスが崩れて斜めになった。眷属は巻き付いていない体でそれを支え、飲み込む速度を保っている。
何とかその体勢を維持して少年を丸飲みにした眷属は、折れた大木のように横たわった。
「相変わらす良い丸飲みだね」
拍手しそうな笑顔でプロケルが褒める。
太くなった眷属の胴体は、少年が中で苦痛を感じて暴れているのか少しばかり波打っていた。