転生少年との決着の付け方
「お前のおかげで二人とも助かった」
シェリルの言葉に小さく口元を緩めて応え、彼女を抱き上げた。アンドロマリウスの体内ではまだ核が文句でも言うかのように疼いていたが、つい少し前まで馴染んでいた力だ。
問題はないどころか、力が戻ってきているのを感じていた。
開放感と言うべきか、一つの大きな枷が消え失せているのも感じた。核を手放し、ただの天使に戻った時とは比べようのない感覚だ。
だが、今それを口にする気はない。目の前にいる少年が片付くまで関係のない話だ。
シェリルに近付いた時よりもしっかりとした足取りで、少年を拘束するプロケルの方へと向かう。
少年は不満そうにしながらも大人しくしていた。
悪魔プロケルは敵には容赦のない悪魔である。そんな中でも彼は、けろっとしたまま無感情に相手を壊す実に悪魔らしい悪魔だ。
少年もそれをよく知っているのだろう。
きっと、アンドロマリウスよりも恐ろしいと感じているはずだ。
「お疲れさま。
元に収まった所で、この子を私にくれないかい?」
「お前に何の利が」
プロケルが新しいおもちゃをねだるような軽さで言う。アンドロマリウスはその軽さが逆に気持ち悪さを感じた。
「人間に転生した天使なんて珍しいから、是非試したくてね」
「天使プロケルの核か……」
プロケルは天使と悪魔、同名の核を持っている。最初に保有したのは天使の核で、天使プロケルとして生きている内に悪魔プロケルの核を手に入れた。
天使だった彼は昔から天使を毛嫌いしていて、早く手放したいとよく言っていた。
ただ、天使プロケルの核は天界でも悪魔の核と呼ばれる程に評判が悪い。
この核に適応できる天使は滅多にいない上、大体が悪魔の核と対になり、天使の核を持ったまま魔界に身を落とすからである。
天界に住まう者、それも神の意志を実行する天使からすれば、恐ろしい核である。
天使としての強大な力を行使できるようになっても、堕天のリスクを抱える訳だ。好んで受け入れたいものではない。
悪魔に耐えられる高い精神力を持っている事が核の条件に入っている可能性は高いし、そもそも、その核は二つで一対である可能性もある。
理由はアンドロマリウスも知らないが、天界も扱いに困るような天使の核をできれば行使したくないといらしく、プロケルはいつも手放す機会を狙っていた。何をするのかというと、核を無理矢理に他者へ植え付けるのである。
適合できる相手であれば、そのまま核の保有者として名持ちになれる。もちろん拒否する事も可能だが、そうする者はほとんどいない。
「核を二つ、それも同名で天使と悪魔だ。
使いこなせるのに手放すのは勿体ないと、何度言えば分かる」
「だって、嫌なのだよ。
それに今度こそ大丈夫かもしれないじゃないか。
何と言っても、シェリルと過去に繋がりのあった天使だからね」
プロケルの言葉に、アンドロマリウスは気が付いていたのか、と溜息を吐いた。
彼は極上の笑みで少年の頭に頬擦りする。
「当然だよ。私は掘り出し物を見つけるのが得意なのだから。
良いではないか、人間への転生を繰り返して壊れていない天使なんて滅多にない」
プロケルの言葉にアンドロマリウスは頭を振った。
「うまくいったら脅威になるかもしれない」
「どちらにしろ、彼にしたら屈辱そのものさ。
あのプロケルになるか、認められなくて苦しい思いをするか」
当事者のシェリルはこのやり取りをどう見ているのか。アンドロマリウスが視線を動かすと、彼女はただ力尽きたかのように目を閉じていた。
ただ身体を休めているだけで、意識を手放している訳ではないようだ。成り行きを見守っているのだろう。
「反対しても、私はやるけれど。
もう、この子は私の腕の中」
シェリルは無反応だ。目の前の少年は、ヨハンの死の元凶だ。彼がどうなろうと知った事ではないという事か。
「……勝手にしろ。俺はシェリルが無事ならばこいつなどどうでも良い」
「では、君にチャンスを与えよう」
プロケルはそう言って嫌がる少年に無理やり口付けた。