核の回収
最初は自分の核を飲み込んだ。馴染みがあったはずのそれは、アンドロマリウスの天使としての内側を焼いていく。
一度離れた核は、改めてアンドロマリウスという存在の値踏みをしているようだった。
アンドロマリウスの核を渡すまでは炭火のようにちらちらと踊る朱を秘めた黒髪だっだシェリルだが、今は烈火のような紅の髪へと変わっていた。
彼の動きが止まり、異変に気が付いたシェリルの紅玉のような瞳が見開かれる。
「……問題ない。もう少し、待て」
闇に浸食されつつある色を失った髪、濡れ羽色へと生え替わっていく翼。それらがシェリルの瞳に小さく映り込んだ。
中途半端で不安定な姿を見せるのはこれで最後にしたかった。彼女の瞳は不安そうに揺らいでいる。
そんな顔を二度とは見たくない。
そう思う一方、シェリルの方は片方の核がなくなっただけで人の事を心配できる程度には余裕が出てきたのか、と冷静に考える。
本当に強い女だ。だからこそ様々な存在を惹き付けるのだ、と心の中でアンドロマリウスは笑った。
シェリルにばかり頼っていては悪魔の名が廃る。アンドロマリウスは腹の底にぐっと力を込めるようにして核を抑えつけた。
アンドロマリウスの体内にある天の力に食らいついた悪魔の力は、不満そうにしながらも落ち着き始めた。
――ようやく戻ったか。
核を手放した際に自分の記録が生成されていたらしい。歴代の記録達が囁く中、人を小馬鹿にするような自分の声が聞こえてくる。
――記録のロネヴェと会った。正直に生きろと伝言だ。
突然何を、と返事をしたが記録のアンドロマリウスは答えなかった。普通であれば記録と会話が成立する所を考えると、この記録は不安定なものなのかもしれない。
力が馴染みつつある今、記録と器が同一の存在だと認識されてきたのだろう。
核に認められればアンドロマリウスの記録は削除され、継続した形に切り替わるはずだ。
――俺はもうすぐお前に統合される。そうしたらさっさと核を回収しろ。これ以上あの女の魂を削るなよ。
一方的に言ってくる彼は、記録の維持も難しいのか、映像も何も無く、ただ言葉だけを吐き出し続けた。
――ロネヴェとの契約を守るなら、己の罪を贖いたいと思うなら、正直に生きろ。
記録の俺から伝えられるのはそれだけだ……
正直になった所で何になる。何も変わらぬだろう。遠のいていく記録の気配に、アンドロマリウスは不満そうに心の中で呟いた。
早くするんだ。
早う、取り返すのだ。
歴代のアンドロマリウス達の声が大きくなる。彼らが早くロネヴェの核を回収しろと急き立てる。
普段はアンドロマリウスが意識的に彼らを感じようとしなければ聞こえてこないのに、今は何もしなくとも聞こえてくる。
そういえばこの核を取り込んだ時もそうだったかと、懐かしい気持ちになる。
彼らに急かされたからという訳ではないが、すぐさまシェリルの唇を啄んだ。
アンドロマリウスの核があるからか、ロネヴェの核はすんなりとシェリルの体から出てくる。
視界の端にシェリルの美しい銀糸がちらりと見えた。ロネヴェの残滓を吸い込むと、シェリルの淡い色彩が戻っていた。
ロネヴェの核はアンドロマリウスに取り込まれたと理解するや否や、大人しくなった。
これでようやく元の二人に戻ったのだ。じっと見つめれば、シェリルの魂が欠けているのが今度こそしっかりと見える。
渦巻く強大な力のせいで、感じ取るくらいにしか分からなかったが、彼女の中が凪いだ今は見えすぎる程に見えた。
ゆっくりと先程受け取った無の力を返す。これで大人しくしていれば、多少は魂の足しになるだろう。
「マリウス……守り切ったわよ」
シェリルはやり遂げたと言わんばかりのしっかりとした笑みをアンドロマリウスに見せたのだった。