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贖う者  作者: 魚野れん
第十七章 贖う者
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決着の引き伸ばし

「……よくも、僕の数百年に渡る努力を」

 少年の恨めしそうな声が小さく響いた。アンドロマリウスは徐々に天の気が浅くなっていくのをほっとした気持ちで感じていた。


 少しでも油断をすれば、倒れそうだったが、その甲斐もあってか結界は溶けるようにして消えていったのだ。

 天界の気が消失した事で、抑圧されていた核が活発になったらしく、背後からはシェリルの悲痛な呻き声が聞こえてくる。アンドロマリウスがそれを回収すれば、それも終わりだ。


「契約通り、早く身を隠せ」

「あんなの騙し討ちじゃないか」

 少年は諦めきれないのか、腰に巻いていたホルスターから短刀を取り出した。短刀を見て恐ろしいとは感じないが、彼が動けばアンドロマリウスは確実に刺されてしまうだろう。


「天使の血をその身に浴びれば、確実に戻れなくなるが」

「――そんな事分かってるよ」


 自暴自棄、とはまた違う彼の落ち着いた様子に、アンドロマリウスは翼を広げて応えた。やって気が済むならやれ、と。

 目を閉じて、避ける気も企んでいるつもりもない、と両手まで広げて少年が刃を向けてくるのを待つ。


 天使である事を捨てるというのは簡単な事ではない。

 それも、天使であるという気持ちの強い存在には、よほどの理由がなければ手放せるものではないのだ。

 天使である事を捨てたアンドロマリウスだからこそ、よく理解している。


 そうまでしてシェリルに拘るというのなら、もう少しくらい付き合っても良い。魔界の動きに今後手出しをするかもしれない面倒な天使が一体減るならば、自分が刺される事など大した事ではなかった。

 自分とシェリルの生き残りがほぼ確実だからこその余裕だった。


「はい、そこまでにしておこうか」


 聞き覚えのある、美しい声が耳に入ってきた。少年が天使としての高潔さを失う覚悟を固めようとしている間に、邪魔が入ったようだ。

 後ろから抱きしめるようにして少年の動きを拘束した彼は、美しい白銀の髪を揺らしながら笑った。


「マリウス、楽しそうだねえ」

「……プロケルか」

 額に黄金のサークレットが存在していないのを確認したアンドロマリウスは、彼が悪魔としてこの地に再臨したのだと知る。

「今の内に核を回収してきたまえ。

 シェリルをそのまま消耗させたいのならば、別だけれど」

「すまない」


 少年はプロケルの拘束に逆らう事なく、ただ固まっている。未消耗の高位悪魔が突然現れた事で自らの死を覚悟したのかもしれない。

 プロケルの提案に、アンドロマリウスが逆らう理由はなく、簡潔に礼を言って背を向けた。


 改めて目に入ってきたシェリルは、見るからに痛々しかった。両腕は腹部を囲うように伸ばされ、痛みを逃すのに必死であるように見える。

 正座をして背を丸め、頭を地面に押しつけ縮こまっているその姿は、拷問にあったかのようだ。


 やや前傾になりながら早足でシェリルの側に寄る。彼女は歯を食いしばって耐えていた。

「待たせた」

 力み、がちがちになっているシェリルの体を抱きしめ、優しく背中を撫でさする。


 触れた瞬間、びくっと彼女の体が揺れた。触れると、彼女の魂が二つの核に蝕まれているのが分かる。

 予想は付いていた事だったが、アンドロマリウスの旨は締め付けられるように痛んだ。

 ゆっくりとぎこちない動きでシェリルが頭を上げる。眉間にはしわが寄り、両方の瞳は生理的な涙で光り、頬は濡れそぼっていた。


 一文字に結ばれた唇をそっと撫で、口付ける。触れるように、宥めるように数回啄めば、熱い息が漏れた。

 塩気のある唇に優しい口付けを続けると、痛みから逃れようと呼吸を乱したシェリルの鼻息が当たった。

 どろりと、濃い気配が彼女の奥から感じられた。シェリルが無の力をアンドロマリウスに渡し始めた。


 一瞬、何を考えているのかと動きを止めたものの、シェリルがその無の力を呼び水にして核を受け渡そうとしているのだと気付く。

 彼女の命を危険に晒す事を承知で、その力をゆっくりと受け取った。

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