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贖う者  作者: 魚野れん
第十七章 贖う者
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取引条件

 抽象的すぎる言葉に戸惑っているようだが、隠しているとはいえ、万一シェリルの表情から少年が何らかの意図を汲み取ってしまうのは困る。

 下手に緊張されるよりは、何だか分からずにいてもらう方がましだった。


 アンドロマリウスの抱きしめる力が弱まっていくと、シェリルの声は聞こえなくなった。彼女はただ苦しそうに呼吸をするだけ、という演技に集中していく。

 事実苦しいのだろうが、後少しの辛抱だ。


「シェリルと俺は動けない。それはお前がよく知っているだろう」

「はいはい、行くよ」


 少年は悠々とした足取りで近付いてくる。近付くほどにアンドロマリウスはもちろんシェリルの感じる圧力が増していく。

 自信満々で、勝利を確信した少年は誰が見ても油断しているように見えるだろう。

 もちろん、本当はそうではない事アンドロマリウスは気が付いていた。


 敵と至近距離まで自分から歩いていくのだ。緊張を悟らせたくないだけだ。それに、アンドロマリウスの動けないが全く動けないという意味ではない事を少年は知っている。

 不用意に動かれないようにするには、できる限り、自分が優位である事を示し続けるしかない。


「シェリル、アンドロマリウスが悪魔の核を手放したら僕は君と永遠にさようならだ」

 小さく喘ぐシェリルの額に少年の指先が触れた。

 淡い光が彼女の額に現れる。


 この街に残されている天使の印と同じものだ。名持ち以外の印は大ざっぱに決められており、転生して無効になるものではない。

 人間側からの契約は基本的に一代限りだが、人間になったとはいえ元天使の彼は、次に生まれ変わったとしてもこの契約が解除されはしないはずだ。

 少年の指が離れていき、印を描いている光の残滓が虚空へと溶けていった。


「さあ、今度はアンドロマリウス、君の番だ」

 そう言いながらも少年は距離をとる。何が起きても対応できるように、警戒しているらしい。

「分かっている」

 アンドロマリウスは無表情で応え、シェリルを見つめた。


 彼女はアンドロマリウスの真意を探ろうとまっすぐに見返してくる。

 アンドロマリウスの覚悟は少年と交渉を始めた時から既に決まっていた。後はシェリルにも犠牲を払わせて実行するだけだ。


「……シェリル、許せ」


 少年にも聞こえる声でしっかりと告げ、シェリルに無理矢理口付ける。小さく彼女の唇が震えた。隙間から咥内に侵入して口を開かせる。

 己の身の内からロネヴェの核をゆっくりとシェリルへ流し込む。何が起きているのか分からない彼女は、ただ与えられる大きな力を必死で飲み込んでいた。


「俺とあいつの核を預ける。

 さっき言った事を守れ。

 飲み込まれたら俺もお前も終わりだからな」

「ああっ」

 ロネヴェの核を渡し終えたアンドロマリウスは、今度は自らの核を渡し始める。


 彼女の体に刻まれた二つの刻印が熱を持った。シェリルを守ろうとする意志から刻まれた、その二つの刻印は可能な限り悪魔の核による影響から守ろうとするだろう。

 後は、彼女の強さに賭けるしかない。


「アンドロマリウス、何をした!」

 少年の叫び声が聞こえ、駆け寄ろうか迷う素振りを感じた。

 自らの核を手放し始めたアンドロマリウスの翼はかつての純白の輝きを取り戻し、その漆黒の艶やかな髪は美しい金糸へと変わっていく。


 急激に変化するアンドロマリウスの様子から、この口付けがただの別れの挨拶ではない事に気が付いたのだ。

 二つの核という大きな間の力を手放したアンドロマリウスは、今までまとわりついてきていた結界の影響がどれほど強かったのかを実感した。

 身が軽い。とてつもない開放感だった。

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