対立する一つの命
ユリアの案内で中庭を抜け、裏口へと辿り着く。その扉をゆっくりと開いて彼女は周囲を警戒した。
「大丈夫みたいです。さ、こちらへ」
シェリルの腕を取り、ユリアは先頭を歩く。シェリルはユリアの力強い掴み方に、彼女の強い緊張を感じた。
ユリアは本当に彼らの動きを把握しているらしく、一人も見あたらない。アンドロマリウスは何も言わずに二人の後ろをついて歩いた。
誰とも鉢合わせせずに、街の端へと移動する。シェリルは額に流れる汗を手で拭った。
頭の中に広げられている地図では、二重の円から逃げ出せているはずである。
にも関わらず、息苦しさと不快感がシェリルにつきまとっていた。
もうすぐ日が傾き始めるといった時で、日差しも強く、ヒマトを目深く纏っていてもまぶしさを感じる。
気温はそこそこ高いし、緊迫した状況で体の調子が変になっているだけなのかもしれない。
そう自分を誤魔化そうとするが、これは明らかにそういったものが原因ではないと直感が指摘する。ちらりと後ろを振り向けば、漆黒の悪魔はいなかった。
「マリウス?」
「心配ない。周りに適応しているだけだ」
不快感を剥き出しにして眉間にしわを寄せた悪魔の翼の色は、普段よりも淡い色に変わっている。左目の紅い瞳の色は、色味を失い灰色をしていた。
以前、アンドロマリウスの翼の色が変化するのを見た事のあるシェリルは、彼の身に何が起きているのか、何となく分かった気がした。
「お前程の辛さはない」
そう付け加えた彼の表情からは、確かに苦しさを感じなかった。彼の言葉に嘘がない事を確認して、移動を続けた。
しばらく移動しない内に突然ユリアが立ち止まる。彼女の背中にシェリルが軽くぶつかった。
「ごめ……えっ?」
ユリア越しに正面を見た。そこには、ヨハンの姿をしたユリアが立ちはだかっている。
シェリルの目の前に、ユリアが二人いるのである。
「シェリル様、騙されてはいけません。
あなたの腕を掴んでいるのは、ヨハンです!」
シェリルは思わず一歩足を引いた。どちらの言い分が正しいのか、分からない。
アンドロマリウスを見れば、彼は首を横に振る。彼にも判断材料がないのだろう。
「確かにユリアのふりをしていたけど、それは君たちからシェリルを守る為だ」
「嘘よ!」
ユリアの姿をしたヨハンはゆっくりとシェリルの腕を放し、両手を広げた。シェリルはそっとアンドロマリウスの方まで後退する。
「シェリル様、私はヨハンが何を企んでいるのかを確認する為に彼のふりをして……恐ろしい計画を知ったのです」
「違う。君が洗脳されてしまったのに気が付いた僕は、身の危険を感じて隠れていただけだ。
計画も何も、ユリア! 君が、僕のふりをして街の人と結託したんじゃないか!」
どちらの言い分も、正しく聞こえる。二つの同じ声が、シェリルの頭を揺さぶった。
よくよく聞いていれば、ヨハンの声の方が微妙に低い気がした。
「彼らの配置を見て、ここに来ると思っていたわ。
ここに現れたのが裏切りの印よ。
大体、妊娠中だった私がどうやったらヨハンとして活動できるのか教えて欲しいくらいよ!」
一つの命として産まれた二人は、今や完全に敵対する存在として生まれ変わっていたのだった。
2019.10.12 一部修正