召喚術士の不調
自分だったらどうするか。アンドロマリウスは一度シェリルのいる塔へ戻って情報を整理し直す事に決める。
己より賢い相手を手玉に取るならば、できるだけ無意味な情報を掴ませ、作戦に混乱を起こさせるのは有効だ。
情報が多ければ、それだけで選択肢を狭めていく事ができるが、それは集めた情報がすべて正しい場合に限る。
例えば、複数の存在が一つの目標に向かって、それぞれ行動を起こすとする。その行動は相談して決める訳ではない。
それぞれが勝手に同じ目標へ向かって行動を起こすと何が起きるか。互いの行動を邪魔する結果に繋がるかもしれないし、相乗効果となってうまくいくかもしれない。それは目標に向かう側に起こり得る事である。
目標を阻害する側からすれば、目標を達成しようとする者の考えを追おうとすればする程、方向性の定まっていない行動に頭を悩ませる事となる。
全て同じ目標のはずなのに、手段はばらばらになる。一貫性、類似性を見いだせなければ、対策を講じる事はできない。
複数の方向から狙われる事となるなら、それぞれに策を講じていくのは存外にやっかいだ。
彼らと会った事もない状態で誰が何をしているのか、それを個別に認識するのは不可能に近い。ヒントになりそうなものでも転がっていなければ、区別していく事ができない。
今分かっているのは、天使の印がどこにあったのか、シェリルと関係があったかどうかくらいで相互関係を繋いでいく要素は少ない。
今ある情報をより細分化してみれば、もしかしたら何かが浮かび上がってくるかもしれない。
そんな事を考えながら塔に戻ると、シェリルが難しい顔をして立っていた。
「どうした」
「いやな予感がするわ。
あと、体調が悪いの。息苦しいっていうか……」
椅子の背もたれに手を置いたまま、彼女は足下に視線を落とした。シェリルをよく見てみれば、確かに顔色が悪い。天使の企み事を頭の隅に追いやって目の前の彼女の状態を確かめる事にする。
アンドロマリウスはシェリルの側に寄り、彼女の顎に手を添えて顔を上げさせる。
普段と違って力なく開かれた瞳を見つめれば、瞳孔が開ききっていた。この部屋は瞳孔が開ききる程暗くない。
頬に掌を当てると、ひんやりとしている。体温の低下と瞳孔の開き具合だけを言えば、死人のようであった。
だが、彼女の肌はしっとりとして冷や汗をかいている時のようだし、呼吸は浅いもののしっかりとしている。
当然ながら、身体機能が狂っているだけで死んでいる訳ではない。
時期が時期だから、天使どもが何かを仕掛けてきた可能性がある。
それを断定する前に、アンドロマリウスは一つ彼女に確認しなければならない事があった。
「何か変な物を口にした訳ではないだろうな?」
「……前科は確かにあるけど、今回はそうじゃないわよ」
きのこや発酵中の酒などによる食中毒を何度かやらかしたシェリルは、溜息を吐いた。
こんな時分にそういう事をするとはアンドロマリウスも思えなかったが、念の為である。
「とりあえず座るんだ。
街を見回って分かった事がある」
シェリルは静かに椅子に座り、テーブルの上で腕を組んだ。
「私の体調不良と関連してるかもしれないわ」
「関係ないかもしれんがな」
「そんな事言ってないで、早く教えて頂戴」
シェリルは口を尖らせた。体調が悪い割にはまだ表情がある。
アンドロマリウスはシェリルに気が付かれないように肩の力を抜いた。