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贖う者  作者: 魚野れん
第十七章 贖う者
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天使の企み

「シェリル、近くに天使がいる」

「え?」


 塔に戻ったアンドロマリウスの、開口一番の言葉である。シェリルは庭に行っていたらしく、薬草や果実の入った籠を抱えていた。

 アンドロマリウスがそんな冗談を言う男ではない事を知っているシェリルは、籠をテーブルに置いて椅子に座った。彼は既に元の姿に戻っており、漆黒の翼も生やしている。


「噂ではなく、本当に彼の親が死んでいるのを確認した」

「そう……」


 悪魔はシェリルに向かい合うようにして椅子に座り、それから術式を浮かび上がらせる。

 それは、亡くなっていた母親の背中に描かれていた聖痕を再現したものであった。


「それがどうかしたの?」

 彼女は術式を指先の代わりに、視線でなぞるような熱心さで読み始めた。

「彼女の背中に刻まれていた悪意ある聖痕だ」


 歌うような流線で描かれた文字の円と、ただの幾何学模様を組み合わせたかのような文字の円、それぞれをじっと読んでいる。

 アンドロマリウスは、シェリルがその術式から離れるまで辛抱強く待った。


 彼女が頭を上げると、アンドロマリウスは説明を始める。通常の聖痕の作り方や作法について、元天使の講義が始まった。

 数分程度の短い講義の終わりを、彼はこう締めた。


「悪意のある聖痕をつける天使がいるとしたら、俺達悪魔を追いつめる為か、お前の動きを封じる為か、どちらかだろう。

 普通の天使ならば、こんな呪い同然の聖痕は与えない」


 シェリルにはこの聖痕に、それが施された人間に対する束縛じみた執着心を感じたが、アンドロマリウスは違う見解のようだ。

 天使や悪魔に関して言えば、彼の方が知識も経験も豊富だ。


 人間的な考えは、天使も悪魔も通じない部分がある。

 特殊な育ち方をすれば、人間も天使や悪魔と同じような感覚を持つ事ができるだろうが、シェリルは一応普通の人間社会の中で育ったのだ。


 誰しも理解できない世界はある。

 理解できないなりに、そういうものだと思うしかない。アンドロマリウスの見解も、そういうものだと受け入れるべきだ。


「じゃあ、何の目的が隠されていると思う?

 最終的に私達が不利になる状況を導こうとしている――というのはなしよ。

 つまり、具体的にこれが計画の一部だったとしたら、これは何の準備だと思うかっていう事」


 シェリルの質問に対する答えを吟味するように、アンドロマリウスは唇を指先でなぞった。

 人間の感覚で考えても意味がない。ならば、目の前の存在に状況を捉えてもらうしかない。

 頼まなくても勝手に考えてくれるだろうが、この奇妙な関係を続ける為にはシェリルが主導権を握っている必要があった。


「――効果的に、効率よく俺達をこの世界から排除する方法は知っているだろう」


 彼は、実に己の立場を理解していた。主導権をシェリルに渡し、参謀の位につきながら、影で轡を握る。

 アンドロマリウスの言葉が、やけに鋭く耳に入ってきた。

 淡々とした言い方であったはずのそれは、シェリルの心に突き刺さる。


「非力で無害な人間を扇動し、身動きを取れなくする事だ。

 暴動にも似た何かがお前を殺そうとし、代わりに俺が死ぬ」

「……」


 街の人間を盾に、クリサントスは行動を起こした。それと似て非なる計画だ。

 彼は物理的に街とシェリルを離し、人質にして行動を制限させようとした。そして殺すのではなく飼い殺しにする算段だった。


 シェリルに対する不満を持つ人間が増えてきているこの街を思う。計画は水面下で、密やかに、そして着実と進んできている結果だろう。

 この街の中で計画を進めている理由は一つ。この街をシェリル達の墓場にするつもりなのだ。


 街の人間がシェリルに刃を向けても、彼女は街の人間に刃を向けはしない。そしてその意思はアンドロマリウスを支配している限り、彼もまた街の人間を手にかけない。

 暴動のように憎悪が膨れ上がってしまったとしたら、それを収めるのに必要なのは原因の排除――アンドロマリウスの消滅とシェリルの私刑もしくは処刑――しかない。


「俺が死んだ時、お前は自由になれるだろうが無事ではないだろう」

 アンドロマリウスを犠牲にして何とか生き残ったシェリルは、悪魔の使いとして街の人間の視線を浴びる――想像できる未来だった。

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