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贖う者  作者: 魚野れん
第十六章 アルクの森
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プロケルとの契約

 プロケルの手がそっとシェリルの頬を撫でる。慈しむような、包むような、手と言うよりも羽がくすぐっているかのような優しい動きだった。

 シェリルはただ黙ってそれを受ける。


 見つめ合ったのは数秒だろうか。シェリルには長い時間に感じた。琥珀の瞳には惚けたように表情をなくした自分が映っている。

 天使に魅入られるとは、こういう事か。とのんびり思考する。


 いつの間にか額が露わにされていた。風が額に直に当たる。爽やかな風と一緒に柔らかな唇が落ちてきた。

 思考が冴える程の爽快感がシェリルの全身を襲う。


「召還術士シェリルに、神の祝福あらんことを。

 我が祝福を目の前の愛し子へ。

 何人にも奪われる事のない、力強き精神へ我が賞賛の声を捧げましょう」


 唇を額に押しつけたまま囁く。言葉によって何かが変わったという実感はなかった。契約印がこの身に現れたような違和感もない。

 シェリルは不思議に思った。てっきり契約をするのだと思っていたからだ。


 シェリルの疑問をよそに、プロケルの唇は離れていった。

「天使にとって、人間との繋がりは契約だけではないのだよ」

 シェリルの右手を手に取ったプロケルはそう言った。


 持ち上げられた右手を見つめながら、シェリルはそれはそうだと頷いた。

 彼の言う事は尤もだ。

 天使は力を行使する時に人間を媒介とする必要はない。むしろ人間を導く為に必要な事であるという前提になるからこそ、力の行使ができる。


「――とは言え、力を使うから今回は短期間の契約をさせてもらうよ。

 もちろん仮の契約になるから、契約が終われば印は消える」

 そう言いながらプロケルがシェリルの手の甲へと唇を落とす。


 じんわりと温かくなり、彼の召還印が現れた。

 仮の契約、という部分に疑問を感じたが、シェリルはその新しく自分の身に記された印をぼうっと見つめていた。


「シェリル、大丈夫かい?」

「……うん」

 彼女の表情に違和感を覚えたのか、プロケルが顔を覗き込む。


「マリウスを助けに行くのでしょう?」

焦点が合っておらず、ただ召還印が現れた右手の辺りに目を向けたままだったシェリルは、プロケルの言葉で瞬きを繰り返した。

 プロケルが小さく溜息を吐いた。


「私と繋がりを持って惚けてしまうのは分かるけれど、しっかりなさい」


 白銀の天使がやや強めにシェリルの両頬を挟む。

 無理矢理上を向かされた彼女はようやくプロケルを見つめ返した。


「ごめんなさい、何だか頭に靄がかかったみたいになっちゃって」

 そう謝る彼女の言葉はしっかりとしている。意識がはっきりしたようだ。シェリル自身、何が起きてそうなったのかよく分かっていなかった。


 分かっているのは、プロケルから祝福を受けた時からぼんやりとし始めた事と、早くアンドロマリウスの所へ行かなければならないという事だけだった。


「行きましょ」

 シェリルの瞳を見つめ、それが曇っていない事を確認したプロケルは彼女を抱き上げた。

 シェリルは一瞬体を固くするも、ふんわりと空中へと飛び立つプロケルの意志を汲み取って邪魔にならないように身体を寄せる。


「私にくっつくのは良いけれど、手は胸の前へ」

「あ、うん……」

 腕を伸ばしたらぴしゃりと制す。もうほぼ一周するかといった状態になっていた腕を降ろした。


 すると、不思議な光景がシェリルの目の前に広がった。美しい天使の黒衣が溶けるように天空へと広がり、シェリルを抱く腕は硬く逞しく変化していく。

 見上げれば、鱗と爬虫類を思わせる皮膚が見えた。ぎょっとしてその先にあるはずの頭の方を見れば、大きな琥珀の瞳が煌めいていた。

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