能天使プロケル召喚
シェリルは急激に力が奪われていくのを感じた。プロケルを召還する為に使われる量は半端ないらしい。召還に相手が応じてから召還が完了するまでに気を失ってはいけない。
制御を失った力はただ暴走するだけだ。シェリルは両足で踏ん張って耐えた。
力の不足については考えていない。シェリルの容量はかなり大きく、確信はないがプロケル召還には十分な余力があると考えていた。
それに、急激に奪われているから気が遠くなる感覚が生まれているだけで、もうすぐ終わりがくる事も予感していた。
彼女の読みを証明するかのように召還印から水が湧き出てきた。その透明な水は噴水のように高くまで噴き上がる。
シェリルの身長を軽く追い越した水の柱は、どんどん周囲の岩を濡らしていき彼女の足下を湿らせる。
その中に目的の悪魔が現れているかはまだ分からない。
シェリルが目を凝らしていると、突然その水柱が弾けた。大量の水が飛び散りシェリルを襲う。思わず両腕で頭を守る。が、全身水浸しになった。
ピュレンシスの鳥やアンドレアルフスのいる場所までは飛ばなかったものの、鳥は驚いたようで一斉に羽を広げて抗議した。
顔にかぶった水を拭いながら召還印の方を向けば、そこには美しい黒衣の天使がいた。
シェリルの持つ銀糸とはまた違う、透明感のある銀髪が揺れていた。シェリルの髪よりも柔らかそうな質感をもった前髪は、中央分けにして顎のあたりから編まれている。
装飾物は全て金色で、額を飾るのは装飾の施されていないサークレットだ。漆黒の衣を左肩に斜めがけに纏い、右肩へと続く美しいデコルテが露わになっている。
シェリルは思わず彼を見つめ続けた。無言のままなのに、プロケルは微動だにせず彼女から話しかけてくるのを待っているようだ。瞳は黄金というよりも琥珀色で、やや暖かみのある暗めの色だ。
ややつり目なその瞳は、高貴な雰囲気を醸し出している。
背には純白の翼を背負っているが、この存在が天使なのか悪魔なのか、シェリルには判断しかねた。
「……」
「……」
口を開いたシェリルだが、ただ乾いた息だけが吐き出された。プロケルはその様子にただ口元に小さな笑みを宿して首を傾げてみせる。
シェリルは試されていると思った。今の自分がどちらなのか当ててみせよと言われている。
一旦、目を閉じた。冷静に目の前の存在を感じる事にしたのである。
とてもエネルギーに満ちた存在だ。高潔な気質を感じる。少し遠いがアンドレアルフスと比べると、目の前の存在の方が透明感がある。
シェリルは、その透明感は水という属性からくるものなのか、天という属性からくるものなのか、判別ができなかった。
ふと、黒衣に金のサークレットという組み合わせが頭に浮かぶ。黒を身に付ける天使に覚えがあった。
それは能天使である。彼らは秩序を守る事を最大の任務とし、神が侮辱されるような行為などを贖罪させる為に存在している。
悪魔は神を侮辱する最たる存在である。そんな彼らと対峙するこの階級の天使は、悪魔迎撃隊とでも言っていいかもしれない存在だった。
この身が悪魔の血に染まる事を厭わない、悪魔との接触によって堕落しないという誓いを立て黒衣を纏う。額には戒めの金。
そう、目の前にいるのは能天使のプロケルだ。
シェリルは確信した。
「――天使プロケル。
私の声に応じてくださりありがとうございます」
片膝をつき、深い礼をしてから目の前の存在を見上げれば、彼は微笑んでいた。
当たりだったようだ。
「初めまして、悪魔達に愛されし召還術士よ」
形式ばった言葉遣いにシェリルは身を固くした。一瞬自分が思っている存在とは別のプロケルを呼んでしまったのではないかと危惧したのだ。
召還する相手を間違える事が絶対にないとは言い切れない。それに久しぶりの召還術である。
不安になるのも無理はなかった。