小さな休息
アンドレアルフスはピュレンシスの全てが鳥へと変化してからも、シェリルの腕を貪っていた。時間が経つにつれ、痛みの方はだいぶ慣れてきている。
だが倦怠感は酷く、シェリルは今にも横になってしまいたかった。
気が付けばアンドレアルフスの行動に変化が現れていた。シェリルの腕に噛みついてじゅるじゅると血液を吸っていた彼は、今や彼女の腕を両手で支えて傷口を丁寧に舐め続けている。
じんわりと傷口に温かさを感じた。それは傷口が熱を持った訳ではなく、アンドレアルフスが傷口を治し始めたからだった。
傷口は浅く、大したものではない。
じゅるじゅると音を立てていたのだって、思ったよりも血液の出が悪かったからだ。
彼は丁寧にシェリルの傷を舐めて修復していった。最後の仕上げと言わんばかりに傷口のあった場所へと軽い口付けを落とす。
「すまない。血はそんなにもらったつもりはないんだが、怠いだろ……」
シェリルの体にピュレンシスだった鳥が額とくちばしの上部を押しつけている。彼女は緩慢な動作で座り直し、アンドレアルフスに視線を合わせた。
身じろぎしたシェリルに鳥達は一度離れたものの、すぐに戻ってきて同様にくちばしを押しつける。可愛らしい動作に彼女の口元は少しだけ綻んだ。
「あなたは大丈夫?
私は、少し休めば……大丈夫」
「お陰様で何ともない、とは言えないが――次のはあんたに任せたいくらいには消耗してる」
体勢を変えたアンドレアルフスがシェリルの体を抱きしめるようにして支える。
身を預けてしまったら意識が飛ぶ、そう思ったのかシェリルはゆるゆると首を横に振った。
「ごめんなさい……
私の為にここまでする義理もないのに、無茶ばかりさせてるわ」
アンドレアルフスはシェリルの後頭部へと手を伸ばして額に口付けた。そっと頭を撫でればシェリルは安心したように息を吐く。
自分が必要以上にシェリルへ関わっている自覚はあった。だが、そうでもしなければ彼女を守り抜けないという考えは変わらない。
今までの自分では考えられない事に、偶にみっともない姿を見せてしまう事だって気にならないくらいには大切だ。
今にでも眠ってしまいそうなシェリルを見つめ、笑顔を作る。アンドレアルフス自身、疲労のあまりぎこちない表情になった。つられるようにしてシェリルもぎこちなく笑みを作ってみせる。
しまった、と思っても遅い。彼女の瞳には心配だという感情に溢れてしまっていた。
長く息を吐き、アンドレアルフスは思い切ってシェリルを抱きしめる。
「あんたにそんな顔をさせたくてやってる訳じゃない。
少し休もう。マリウスが引きつけてる内の一体を倒せる程の体力が俺達に残ってない」
「……」
自分だって消耗していて辛いだろうに、シェリルはアンドロマリウスを心配しているのだろう。
少しでも早く彼の負担を減らしたい。そう考えているに違いない。
「あいつの事だ。俺達が戦えるようになるまで辛抱強くやってくれる。
寧ろふらふらの状態で行ってみろ、あんたの事が心配でしくじるぞ」
アンドレアルフスが言い切れば、シェリルはもぞもぞと腕の中で身動ぎした。
さっと彼女を抱き上げて森の方へ向かう。美しい鳥達も後に続く。
シェリルは反抗するつもりはないようで、アンドレアルフスに身を預けていた。一本の木の根本に腰掛け、自分の上にシェリルを乗せて抱き抱える。
「ほら、少し休憩だ」
「……うん」
二人の周囲には、後を付けてきたピュレンシスの鳥が大人しく座り込んだ。鳥は毛繕いをしたりして大分落ち着いている。
シェリルはそんな和やかな雰囲気の鳥を見て、ゆっくりと目を閉じた。