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贖う者  作者: 魚野れん
第十六章 アルクの森
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アンドレアルフスの闇

 ピュレンシスの体中を細い繊維が絡みついている。シェリルの術式は彼女の指先から離れ、独立していた。

 巨大な岩は拘束を解こうともがいているが、シェリルの作り出したそれにはかなわない。動きを制限された事を確認した彼女はピュレンシスの目の前に立ち、アンドレアルフスを手招きした。


「……」

「あれやって」


 アンドレアルフスは眉を寄せた。ピュレンシスの体中に刻まれた小さな裂傷からは、もがこうと動く度に赤い体液がぷしゅっと飛んでいる。

 流れ出た体液がてらてらとピュレンシスの身体を濡らしていた。

 口なのか、ただの裂け目なのか区別できないような部分からは磯臭いような生臭い臭いが吐き出されている。


 これが貴重な食材であると、誰が信じるだろうか。


 アンドレアルフスの美的感覚では、こうして近くにいるだけでもおぞましい。どうして自分がこんな目に、と思ってしまう程である。

 それはともかく、“あれ”と言われるような定番の能力に心当たりはなかった。

 アンドレアルフスの沈黙を汲み取ったシェリルが具体的に言う。


「あなたが脅したら、人間って死ぬじゃない。

 これもそうなったりしないの?」


 シェリルに首を傾げられ、はっとする。この身に宿る力を誇示して押しつければ死ぬのではないかという彼女の提案はある意味理に適っている。

 果たしてそれがゴーレムに近しいキメラに適応されるかは分からないが、やってみる価値はあるように思えた。


「俺にだって、こいつはよく分かんねぇ生き物だ。

 ……けど、やってみるか」


 アンドレアルフスはシェリルが自分の力にあてられないよう、少し離れるように言い、目を瞑る。彼女の気配が遠くなった事を確認したアンドレアルフスはピュレンシスを睨みつけた。

 その瞬間、体内で膨れ上がらせていた魔力を一気に解放する。ぶわっと大きな風が生まれ、周辺の木々とぶつかりながら散っていった。


 シェリルもとてつもない恐怖を背に感じた。身の毛がよだつ、とはこの事だと身を持って理解する。今までに感じた彼の気配がかわいらしく感じてしまう。

 シェリルは恐る恐る振り向いた。そこには、再び嘔吐する姿を晒したアンドレアルフスと死に損なったピュレンシスがいた。


 アンドレアルフスが力を放出した途端、あらゆる穴から体液が飛び散ったらしい。

 アンドレアルフスの体はピュレンシスの体液で真っ赤に染め上げられていた。つんとする胃液のような臭いと磯臭さが混ざって、凶悪な臭いで満ちている。


 シェリルも思わず鼻と口を覆った。

「大丈夫?」

「くそ……

 複数の個体が付着してできあがってるらしい。

 一つが死んでも他が生きてるから生物として機能してやがる」

 幸いな事に、ピュレンシスの拘束はまだ解けていない。今の内に他の手段を考えなければ。


「シェリル」

「なに?」

 アンドレアルフスは俯いたまま、堅い声色で言葉を絞り出した。


「さっき切り取った腕を持ってきてくれ」

「……分かったわ」


 シェリルは理由も聞かずに取りに行く。ピュレンシスの腕は相変わらず元気に蠢いている上に重かった。彼女は本体の時と同じようにアラクネの糸で固定して引きずる事にした。

 その間にアンドレアルフスは大剣で残った腕を切り、蠢くそれを剣で刺して固定した。アラクネの糸が一部解れる。

 本体の動きが少しだけ活発化したが、気にしない。


「足りねぇかもしれんが、仕方ない!」

 シェリルが持ってきた腕と自らが岩場に留めた腕、それぞれ手を添える。シェリルは一歩下がった。彼の翡翠のような瞳にラブラドライトのような複雑な色味が浮かび上がる。

 闇を感じさせる、その深い色合いを見せる瞳からは普段のような太陽の明るさはない。


「美しくない者は、美しく生まれ変わらせてあげよう」


 赤く染まった美しい悪魔は、恐怖を纏いながら暗い炎をちらつかせた。

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