ピュレンシスが苦手な悪魔
「マリウスの奴、無事に二体引きつけたっぽいな」
「そう。で、こいつは何なの?」
二体の気を引いているアンドロマリウスから遠ざかるべく、ピュレンシスを誘導している真っ最中だ。二人は木陰に隠れ、自分達を捜すピュレンシスの姿を見つめていた。
少しだけ余裕のできたシェリルは、好奇心に勝てず、初めて見る生物に興味を示した。
「俺の考えが正しければ、ピュレンシスという生き物をキメラにした奴だ。
ピュレンシスとは、魔界で言う非常食だな。
栄養価が高いが、見た目はあの通り……美しくない」
アンドレアルフスの表情は、可能ならばやり合いたくないと語っていた。
「弱点とか、見当はつく?」
シェリルはピュレンシスを観察していた。そんなに敏捷な個体だとは思えない。動きも人間的である。目があるのかは分からないが、頭部と考えられる部分を見回すように動かしている。
そこから何らかの情報を得ているらしい。
「そうだな。ある意味一番てっとり早いのは炎だがここじゃ無理だしな。
鎌鼬のような風や同等の水鉄砲か。
切れ味が良けりゃ何でも良い」
ピュレンシスは業を煮やしたのか、近くの木を殴り倒した。連鎖的に他の木々も倒れていく。
一度でも当たったらシェリルも無事に済まないだろう。商館のてっぺんから落ちるのと同じくらい嫌だ。
「岩のような装甲を剥がす事が出来たら、後は簡単だ。
中身は柔らかい食材だからな」
中身は食材だと言われても、シェリルは食欲が湧かなかった。味のイメージが分からないというのもある。それ以上に、現時点の見た目が良くなかった。
完全に岩である。
所々赤い粒が見える。フジツボが付着しているかのような凹凸があり、その中にある赤い部分が目立つ。正直、不気味で気持ちが悪い。
「……少し開けた場所じゃないと、どちらにしろ私達からの攻撃もしにくいわね」
「そうだな。
マリウスは上流の方へ移動してるから、俺達は下の方の開けた場所へ行こう」
アンドレアルフスはシェリルの方を気にする事なく、ピュレンシスの死角を移動していく。食べ物だという部分を頭の中から追い出し、シェリルはアンドレアルフスの後に続いた。
「――シェリル、覚悟しとけ」
「え?」
「俺は、想像するだけで既に気分が悪い。吐きそうだ」
川が近付いてくると、アンドレアルフスはふいに振り返った。その顔色は彼の言葉通り、青白い。シェリルはぎょっとして目を見開いた。
「可能な限り、接近戦はしたくない……
だから、挟み撃ちにして交互に攻撃する。
同士討ちにならないよう、気をつけるが、もしもの時はちゃんと避けてくれ」
そう言いながら、彼は虚空から昔使っていた大剣を引き出した。確か、あれには風の力を付与していたはずだ。
少し力を乗せるだけで、エンチャントされた術式が反応する。
乗せる力の量で威力を変える事も可能である。
「また、こいつを使わせてもらうぜ」
「うん」
大切に保管していてくれたらしい。それをまた使ってもらえるという事が嬉しかった。シェリルは自分も武器替わりとなる符を取り出した。
アンドレアルフスの顔色が悪い事がシェリルの不安を煽るが、倒す以外の解決方法はない。
動きを封じ、シェリルとの契約に鞍替えさせる事も方法の一つである。だが、元々どんな契約を結んでいるかも分からない相手だ。
その契約ごと受け継ぐ事になれば、どんな代償が待ちかまえているか分からない。
ピュレンシスだけで終わりではない。残り二体もいる。危険な事はできないし、ただ倒してしまう方が簡単だった。