ディサレシア召喚解除の代償
ついに光は女王蜂を包み込む。シェリルの術式が書き込まれた符が破け散る。風でちぎれた符が舞う。花びらのようであった。
次第に光も拡散し、風も穏やかに変わる。術式の名残が残るそこには、ディサレシアの姿はなかった。無事に元の場所へ戻せたようだ。
「これで、おわ――」
シェリルが言いながら振り向こうとし、そのまま口の動きが止まる。シェリルの顔は、驚愕に彩られていた。悪魔二人もその顔を見てシェリルの視線の先へと頭を動かし、同じように動きを止めた。
三人の視線の先には、発生したばかりの召還用の術式が三つ浮かんでいる。それも、巨大な術式であった。
「な、何あれっ」
「まさかとは思うが、ディサレシアが召還術で戻されたら発動するような条件がついた術式だったり?」
「……そのまさか、だな」
シェリルの小さな叫びにアンドレアルフスが茶化すように言う。だが、その間に術式を細かく見ていたアンドロマリウスが固い声を出した。
シェリルには、目を凝らしても術式の詳細までは見えない。流石に人間の視力で見える程近くはない。
たとえ、見えたとしても発動してしまった術式は不安定に揺らめき、どんどん変化していく。シェリルに読みとれるかは分からなかった。
シェリルが目を凝らしている内に、アンドロマリウスはシェリルの荷物を手に隣までやってきていた。
「何が飛ばされてくるんだろう」
悪魔二人は顔を見合わせてから、それぞれで現れるだろう対象を読みとろうとする。じっと展開していく術式を見つめる彼らは、とても真剣なまなざしをしていて、シェリルはその術式が複雑である事を知る。
「……深淵なる海底より水面へ浮かび飛び立つ龍」
「え?」
ふと、アンドロマリウスが言った。
「もう一つは、大地より生まれ出ずる砂埃……いや、何だ? 読めねぇな」
「――砂塵の亡者」
「そうそれ!」
どうやら術式にかかれている対象の文を読みとったようだ。召還する術式には対象を絞り込む為に重要なキーワードを用いる。
それは術者本人が想像しやすく、また召還される対象が自分の事を呼んでいるとすぐに分かるものにしなければならない。
召還術は、その殆どが一方通行のものではなく、互いの承認によって成立するものだ。
ただ、術者の力が強く、何が何でも得たいという場合、無理矢理実行される事もある。
その場合は術者の方が召還対象よりも強くなければならない。簡単にそうできる訳ではないのだ。
「最後のは――奥深き闇より這い上がりし獣王か」
「シェリル、水陸空揃ったな」
「え、水陸じゃなくて?」
アンドロマリウスが三つ目を訳すとアンドレアルフスが声をかけた。だが、その声は口調とは裏腹に堅く緊張しているようだった。
「正確に言えば陸空になるのかな。
最初のは単純に水龍、次の砂塵の亡者って多分ゴーレムみたいな奴だと思うがちょっと想像とは違うかもしれない」
アンドレアルフスが解説していくのを、シェリルは黙って聞いていた。
「で、最後のは恐らく狼。
属性として考えるなら、水龍は水と空、ゴーレムは水と大地、狼は大地。だから水陸空って訳」
解説を聞けば、彼の言葉に納得が行く。アンドロマリウスが否定しなかった事も考えれば、妥当な推理なのだろう。
「問題は、あれがほぼ同時に現れるっていう事かな……
しかも頭数揃えてきてるあたり、相手は悪質だ」
「一対一はちょっとね」
シェリルの溜息に、アンドレアルフスは同意する。
「まず落とすならゴーレムか狼だな。水龍は分が悪い」
「だが、残り二体は引きつけておかないと厳しい」
各個撃破を狙う事が可能であるならば、それが理想だ。
だが、少なくとも力を思う存分揮う事のできないアンドレアルフスには荷が重く、空間移動に召還解除と続けて力を消費しているシェリルも簡単に倒せる相手ではないだろう。
誰が囮になるか、召喚が完了するまでに決めなければならない。