女王蜂の囁き
女王蜂の沈黙は、シェリル達に強い切迫感を覚えさせる。答えたくないのか、答えられないのかも分からない。
ディサレシアに会えば、何らかの進展があると思われていただけに、衝撃である。
『強いて言えば――』
「……何だ」
ディサレシアが口を震わせた。アンドレアルフスは慎重に聞き出そうと、淡々と話を促す。
『余は、うまく口が利けぬのでな。
強き者の気配が漂っていたとだけ、なら問題ないようだ』
彼女の言葉は、大きく話が進展する事はないが、重要なものだった。ディサレシア自身、呪いに近い何らかの術式を受けているのだと、そしてそれを施した相手は強大な力を持つ存在であるのだと、暗に伝えてきたのだ。
うまく口が利けない、という事は思考は許されているが、それを口にする事ができないという類のものだろう。
そして、問題ないらしいという発言から、自分でも言える事、言えない事が把握できていないという事が分かる。
言葉にした、あるいはしようとした途端に苦しめる類の術もあるが、それを使わなかったのは、魔界の掟に縛られる者が行った術式である可能性がある。
もしくは、無用な殺生を禁じられているか、忌諱しているか。
その術式を組んだ理由が保身か、はたまた時間稼ぎかは分からない。少なくともすぐに自分の正体を知られたくないという事だけは確かだ。
少なくとも普通の人間ができる事ではない。この世界に生きる人間の仕業ではないだろう。やはり、この世界ではない者か。
『余は、気が付かなかった。
この世界にいる意味も知らぬ。
それでも余を責めるか?』
「いや、元凶をどうにかしたいと思ってるだけだ。
放っておくと火の粉が降りかかりそうなんでな」
ディサレシアは頭を垂れた。どうにかして欲しいとアンドレアルフスへ懇願しているかのようだ。
『一つ』
「……ん?」
ディサレシアの小さな呟きにアンドレアルフスは顔を寄せる。彼女はその耳元に囁く。ここにはいないだろう仕掛けた相手を畏怖しているかのようだ。
それだけディサレシアが警戒する相手とは、一体何者なのか。
『おいしそうな香りはしなかった』
「――そうか、分かった」
ただ一言。それだけでアンドレアルフスは悟る。我々が対峙する相手は魔界にはいない、と。
シェリルを良く思わない悪魔だとしたら、高位の存在であるとアンドレアルフスは睨んでいた。だが、ディサレシアの食指が動かないとなれば、その線は消える。
その代わり、精霊や天使の可能性が高くなる。
だが、精霊が人間に対して何らかの悪巧みをする時、複雑であればある程、負の感情が強くなる。
ただいたずら心にあちこちの生き物を移動させているだけであれば、精霊かもしれないと彼も思うが、今回は無殺生を課した口封じも行っている。
つまり、ディサレシアの言葉が正しければ、精霊である可能性はかなり低いだろう。そして結局天界、という結論に行き着く。
「シェリルあんた……昔、天使と何か因縁でもあんのか?」
「え?」
シェリルはきょとんとする。そして、数秒考えるようにして視線を動かし、眉を寄せる。
「はるか昔に召還した事があるわ。
でも、会話が成立しなかったから返したけど……
それ以外の天使と揉め事は、あなたも良く知っているでしょう?」
一人は眠りにつき、一人はこの世界から出て行ってもらった。
可能性があるとしたら、前者の方だろうか。
「あんたにご執心な天界の誰かさんが、原因みたいだからな。
ちっと聞いてみただけだ。ま、現段階では分からねぇか」
彼はそう苦笑すると、ディサレシアに再び向き合った。