美しい森
鳥が一斉に羽ばたき、一瞬の騒動の後に森を静寂が包み込んだ。アンドレアルフスの気配に森の生物は驚き、恐怖して気配を消したのである。
「効果は絶大だな。
この騒ぎできっとディサレシアも自分が呼ばれていると気が付くだろうよ」
アンドレアルフスの軽口にシェリルは眉を寄せた。
「その逆で逃げるかもしれないわ」
「いーや、逃げないね」
「何でよ」
シェリルの反応に、アンドレアルフスはしたり顔で言った。
「俺から逃げられないって分かっているからさ。
つまり、逃げても無駄だって事だ」
「……」
適当な事を言っているように感じられたが、シェリルは肩を竦めてみせるだけで、それ以上は何も言わなかった。
この世界では力を奮っていない彼であるが、本来はかなり強大な存在だ。もしかしたら、魔界ではアンドレアルフスに「お前を追いかける」と言われたら必然的にそうなるという事なのかもしれない。
シェリルはそう思う事にしたのである。
「まあ、少し森の中に入ろう。
万が一、他の人間が近くにいないとは限らねぇしな」
シェリルの返事も聞かず、さっさと森へと入っていく。絶対にシェリルの気のせいだが、心なしか森の木々が彼を避けているような気がした。
シェリルがアンドロマリウスを見れば、彼は顎で森の奥を示した。何でも良いから入れという事だろう。
シェリルは悪魔二人に挟まれた状態で森の中を進んでいった。ひっそりとしているが、明るく爽やかな雰囲気を持つ森である名残があちこちにあった。
全体的に彩度が高くて木漏れ日も多く、苔生している。古い森の一つであり、清らかさが保たれた美しい森である事が分かる。
シェリルはその美しい森の姿を目に焼き付けながら、アンドレアルフスの後を歩いていた。
「少し登るぞ」
「うん」
水場まで移動すると口にしたアンドレアルフスは迷うそぶりも見せずにどんどん歩いていく。
シェリルも何の疑問もなくその後に続く。美しい姿を見せている森は、アンドレアルフスのせいで不自然な程にひっそりと静まりかえっている以外に不審な点はない。
まるで観光にでもきているかのような雰囲気でシェリルの瞳は輝いていた。
暫くしない内に、水音がシェリルの耳に届く。川が近いのだ。シェリルはさぞかし美しい川が見られるのだろうと、期待に胸を膨らませた。
「わっすごい!」
シェリルの声は川の音にかき消された。それもそのはずだ。シェリルが見ている川は、橋を架けなければ渡れない程の幅があったのだ。
水で削られて少しばかり崖のような形状をしている事から、そこそこ深い事も想像できる。
さすがにここじゃ水遊びもできないね、とシェリルは笑った。
「場所が悪いな。
もう少し水源に近い所まで移動しよう」
「ああ。何かあった時、ここは分が悪い」
二人の判断で、このまま川に沿って登る事になった。まだディサレシアは現れない。
登っていくにつれ、足下がごつごつとした岩場へと変わってきた。手を使わなければ上れない箇所も増えてくる。
シェリルは息を弾ませながら登っていた。
もはや、これは本格的に登山の様相である。額に吹き出てくる汗を拭い、シェリルは無意識の内に溜息を吐いたのだった。