賢皇の書簡
「うまいように誘導されているとしか思えないな」
フロレンティウスの言葉は淡々としていた。シェリルは反論する事ができず、口を噤んだままだ。フロレンティウスの言う通りなのだ。
シェリル達は、単純にディサレシアに会いたいだけで、別に隣国の事を助けたいとかそういった善意ではない。
ちょうど良い口実になろうといった考えでフロレンティウスへと提案しているだけだ。
「いや、そう思わせている時点で誘導にはならないか。
くく……」
フロレンティウスは笑い出した。
笑う事によって顔を歪めさせるのを嫌っているのか、可能な限り表情筋を使わないように気をつけているのが分かる。
気味の悪さを感じながら、シェリルは無言を貫いた。
「気を悪くするなよ、召還術士殿。
私は素直な感想を述べただけだ。何もこの手紙の内容をないがしろにするつもりはない」
「……では」
笑いを納め、フロレンティウスは引き出しから羊皮紙を取り出す。正式な書簡を認めるつもりのようだ。さらさらと勢いよくペンを動かしていく。
逆さからは読みにくいが、隣国の王へシェリルとアンドロマリウス、アンドレアルフスの三人の身元を保証する旨が書かれている。そしてその理由へと続く。
アンドレアルフス直筆の手紙の内容をある程度追いかけ、上に保証した三人をその解決の為に派遣すると認めた。
フロレンティウスの文字は流暢で美しく、彼の知性の高さを覗かせている。
天使が関わらなければ複雑な気持ちを抱かず、協力しあえたのだろうか、とシェリルは空想した。
「少し待て、念の為に焼印も押しておこう」
「いや、皇の方こそ、ご着席いただこう」
立ち上がるフロレンティウスに反応した二人を制すも、逆にアンドロマリウスが彼を制した。
「焼き印を熱するだけなら俺がやる」
「悪魔の熱で焼印か、悪くない」
焼印をアンドロマリウスの方へと向ければ、彼は指先を焼印に沿わせる。ただそれだけの、何でもない動作だった。
「これで良い」
「面白いものだな」
フロレンティウスが焼印を羊皮紙へと押しつければ、かすかに肉の焼けるにおいが漂った。
「熱し具合も良いとは中々……」
賢皇は新しいおもちゃを見つけたかのように瞳を輝かせた。きらりと光その瞳は純粋そのもので、なるほど天使が気に入るのも合点がいく。
シェリルはそんな事を考えながらフロレンティウスが書簡を完成させていくのを見つめていた。
「さあ、これを持って一度アルクの城へ行くが良い。
面倒だと思うなよ。こういうやりとりのおかげで今の関係があるのだ」
「分かったわ」
シェリルは迷わず頷いたのだった。
「お城、かぁ……」
シェリルはテーブルにひじを突いて溜息のように漏らした。気乗りしない様子である。それはそのはずだ。
アルクの城は遠い。どの程度かと言えば、カリスの城までの道のりよりも、少し遠い。急ぎならば、扉を開いて移動するしかないのである。
空間移動は力の消費が激しく、連続で何度も使いたいものではない。だが、そうは言っていられない。
アンドレアルフスがユリアの件を片付けるまで、少し時間がある。その間にしっかりと休まねば。
シェリルはそう心の中で覚悟を決めると、召喚術士の塔で眠りについた。




