ちょっとした問題とフロレンティウスへの提案
アンドレアルフスはぽりぽりとこめかみを掻く。シェリルはアンドレアルフスの様子に、面倒事を察する。
「まあ、あれだ。
ディサレシアがいるのは、隣国なんだ……
砂漠越えた向こうの森の先にいるって話で、その森の先はちょうど隣国の領地になっちまう」
隣国であるアリクと、この国の関係はそう悪くはない。だが、悪魔を引き連れた召喚術士が勝手に遊びに行っても大丈夫だという訳ではない。
当然ながら魔術師もそうだが、皇軍をあっさりと引かせたり殲滅したりする事が可能である特殊な人間は好き勝手に国を移動する事は叶わない。
その国内にいることによって、国力の一つとして数えられているのだ。誰しも自分の生活区域を破壊されて喜ぶはずがない。むしろ力があるのならば、それを阻止しようと動くはずである。
つまり、国力とは防衛の為に戦力となるであろう事を前提に考えられているのである。
「微妙に自国じゃないのね。嫌味だわ」
シェリルは不満げに鼻を鳴らした。アンドロマリウスは眉を寄せて考え込んでいる。どうやって国外を出て、向こうへ進入するか考えているのだろう。
「面倒だが、出国許可と向こうへの免罪符をフロレンティウスに頼むしかねぇな。
ばれなきゃ良いって感じで行ったらばれて、国同士のーって規模になっちまったら目覚め悪いし、何よりも真っ先に巻き込まれるのはすぐ近くにあるエブロージャだ」
「確かに正攻法が一番楽だろうな。
それに、人間が対処できない魔物について国外の人間も知っておいた方が良い」
「……」
アンドレアルフスはアンドロマリウスが頷くやいなや、紙を取り出して書き込み始めた。フロレンティウスへの書簡だろう。
シェリルは隣で熱心に書き出している悪魔の手元を見つめた。
そこには、エブロージャでの異変についてが簡単に書かれている。
以前遭遇した人間にとっては厄介な虫が隣国へ現れた事、その虫は以前本国にいて対処した事のある存在である事、今後の平穏の為に対処したい事を記していく。
「外交に力を入れているあの男の事だ。
これで十分だろ」
アンドレアルフスは丁寧に文書を折り畳み、封をする。封は封蝋印で、家紋の代わりに彼の召還印が押されていた。
召喚印があるせいか、少しばかりおどろおどろしい雰囲気を纏っている。
上品な雰囲気と何とも言えない恐ろしさが調和している、とでも表現すれば良いのだろうか。シェリルはその美しい封筒を手に、アンドレアルフスへと向き合った。
「奴の執務室に直接行ってやれ」
「返事もらったら帰ってくるわ」
シェリルは立ち上がってテーブルから離れる。アンドロマリウスがその隣にそっと立った。
アンドレアルフスは一緒に行かないらしい。この間にユリアの準備をするのだろう。少しでもお互いの時間を無駄にしない為の判断だった。
シェリルは少し心細さを覚えたが、そのまま空間を繋げたのだった。
「心臓に悪いから突然現れるのは止めなさい」
フロレンティウスの第一声は、言葉と音色が正反対なものだった。全く驚いた様子も見せぬ窘めの言葉に、シェリルもしれっと答えていく。
「命狙ってる奴らとは違うんだもの、私達なんて怖くないでしょ?
それより、これを読んでちょうだい」
フロレンティウスは面倒そうに封を切り、アンドレアルフスが書いた手紙を読み始める。読み進めていくうちに彼の表情は曇っていった。
「これはまた物騒な……いや、今の内に恩を売っておくのも悪くはない、か」
「俺達に任せてくれれば平和的に脅威から救ってやろう。
面倒な証書さえ作ってくれれば良いんだ」
アンドロマリウスが背中を押すように囁くが、フロレンティウスは少し悩んでいるようだった。