ユリアの結論
ユリアはアンドレアルフスがここまで言う程に、重大である事に気が付いた。彼の思いやりと自分の欲望を天秤にかける。
そもそもこの体で生まれた事自体が障害だったのだ。だから、二つに分ける事で他に障害が生じようとも、それは減った分が移動しただけとも考えられるのではないか。
ユリアの視線はシェリルへと向く。二人の視線は交わらなかった。シェリルは、きっとユリアが口にした理由に自分の名前があったからだ。
決して心が狭い訳ではないが、彼女は自分が理由になる事を否定はしなくとも、是認してはくれないだろう。
「……」
「……」
ふと、シェリルの視線がユリアと交差する。ユリアの中を電気が走ったかのような衝撃が訪れた。心臓がばくばくと音を立て、勢いよく血を巡らせている。
シェリルの瞳は凪いでいて、穏やかだった。荒れ狂う感情は見受けられず、ユリアの判断をそのまま受け入れてくれそうだ。
そう、そこまで感じてユリアは絶望を覚えた。
アンドロマリウスの行動には感情を露わにし、荒れ狂う感情を見せてくれていたのに、自分の行動には全く感情を動かす気配のないシェリル。
シェリルにとって、ユリアはどうでも良いのだ。いや、どうでも良いという訳ではない。
ユリアは十分大事にされている。ただ、その方向が家畜を慈しむような、そういった種類なのだと分かってしまっただけだ。
激しい血流とは真逆に、体は凍えそうだ。早鐘のような心臓が血液を上手く動かす事ができず、足掻いているかのようだった。
「代償があろうがなかろうが、私の願いはこれだけ。
主よ、私に彼女を守る手段をください」
「ーー強情、だな。とっても強欲だ」
シェリルの視線は相変わらず穏やかで、波も立たない。その隣からはアンドレアルフスの冷ややかな声がやってくる。
自分は、ユリアとヨハンに分かれ、今以上に彼女を支えるのだ。
その思いに違いはない。
確かに自分はアンドレアルフスの一族である。一族の仕事は主であるアンドレアルフスの手足となる事だ。その中の一つとしてシェリルへの奉仕が存在している。
彼女を支える事に重きを置く事は本来許されない事なのだろう。だが、自分は主よりも召還術士の事を、幼い頃から見てきたあの女性の方を支えたいという欲が出てしまった。
「私は強欲です。
でも、二人に分かれれば役目をしっかりと果たせます。
我が一族の中で、一番役に立って見せます。
私は、主からいただいた絆を壊しません。
しっかりと引き継がせます」
ユリアの首には、美しい翡翠の術式が浮かび上がっていた。シェリルが初めて見るものだった。
「あんた、気付いていたのか」
「ちゃんと私は引き継いでいます。
二人に分かれればうまく引き継げられます」
主語のない会話であったが、二人の間では十分に通じていた。ユリアの強情な眼差しを見つめていたアンドレアルフスは、先ほどまでの冷ややかな声色を緩めた。
「そこまで分かっているなら、合格だ。
あんたが、これからどんな風に生きようと自由だ」
「それでは!」
ユリアは身を乗り出した。彼はその様子に喉をくくっと鳴らす。
「いいぜ。
俺は、あんたの望みを叶え、責務を果たそうじゃねーか」
嬉しそうにはしゃぐユリアと、それを見守るアンドレアルフス。シェリルには、そのアンドレアルフスの姿が悲しそうな空気を纏っている事に気が付いていた。