ユリアの願い
「いざという時に使ってほしい。
これは純粋な力の塊だから、何にでも使えるんだ」
アンドレアルフスがシェリルの耳に指を当てて押し込む。ピアスホールを細い金属が通っていった。シェリルの耳元からしゃらしゃらと軽やかな音が響く。
「うん。あんたに似合って良かった」
「ありがとう」
シェリルはもう片方の耳飾りを見せてもらい、興味深そうに見つめていた。しゃらしゃらという音は知恵の輪のように組み合わさっている金属が擦れる音と、それらが石とぶつかり合う音だった。
しげしげと石を守るように絡まり合う輪を眺め、指でそれをつついていた。
アンドレアルフスは彼女が満足するまでそのまま放置する事にし、ユリアと話し始めた。
「色々面倒かけたな」
「いえ、私はそれが役目ですから」
ユリアとアンドレアルフスは昔からのつきあいであるかのようだ。シェリルの知っている限り、ユリアはアンドレアルフスとは初対面のはずだった。
「俺の留守の間、よくやった。
その働きに、俺は報いなければならない。
何か望みはあるか?」
「えっ」
アンドレアルフスはシェリルを背後から抱きしめるようにしたまま、隣のユリアを見つめる。ユリアは血色の良い顔で考え込み、はにかんだ。
「私、ヨハンとユリアが独立した別の人間として生活できるようにしてほしいです。
一人の人間を二つに分けるのは、やはりだめでしょうか?
最近混乱するんです。
自分が今、ヨハンなのか。ユリアなのか。ユリアの姿をしているのにヨハンのように振る舞ってしまう。その逆も。
思考が混濁すると言えば分かりますか?」
ユリアはヨハンであり、ヨハンはユリアである。だが、一つの肉体を二つの精神が共有している訳ではない。一人の人間が、両性である事を強みに二人の人間を演じているだけだ。
つまり、この場合は完全な一人の人間を二人に分け、片方を男のヨハンとして。また残りを女のユリアとして、役割を分担させるという事である。
「一度ユリアの存在を完全に奪われたから、不安定になっているんだろ」
「え」
耳飾りについている石をどうやれば取り出す事ができるのか、指でいじっていたシェリルが首を傾ける。アンドレアルフスに抱き締められ、動きを制限されているせいで、彼の表情は分からなかった。
ただ、シェリルに分かるのはアンドレアルフスがこの願いに対して気が向かないのだという事だけだ。
「あんたは、一時期だけとはいえ完全なるヨハンになった。独立した個体になったんだ。
だからこそ、ユリアという存在がその体に戻った際、どうしてもうまく肉体と繋がらなかったんだろう」
くつくつと、アンドレアルフスが笑う。シェリルの肩に、アンドレアルフスの喉の震えが伝わってくる。くすぐったくも安心する、不思議な感覚だった。
不快感を放出するのを抑えようとしているアンドレアルフスの空気がシェリルを包み込んだが、懐かしい気持ちしか湧かなかった。
感覚が鈍ったのだろうか。シェリルは内心首を傾げた。
「もしくは、それがきっかけでヨハンとユリアの意識が釣り合わなくなってきたから、必然的に弱い方が消えようとしている。
その兆候かもしれねぇな」
「私は、ヨハンとユリア、両方の存在を生かしたいんです。
そうすればより効率よくシェリルを守れる」
自分は関係ないと思っていたシェリルは自身の名を出され、二人の会話に気が向かう。上の空で耳飾りを弄っていた。
「単純に人手が欲しいって理由もあんのか。
そこまで言うなら別に構わねぇけど、きっと後悔するぜ」
アンドレアルフスの言葉にユリアは口を閉じた。二つ返事で頷いてくれないという事は、何らかの問題、あるいは大きな代償のような物事が必要になったり、とユリア自身に不都合な事が起こり得ると考えているからなのだ。
ユリアは、それを察したのである。