ユリアの懺悔
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
シェリルとアンドロマリウスへそれぞれ器が置かれる。カフと呼ばれるこの飲み物は、一部の上位階級に好まれているものだ。
元は魔術師が自らの力を補う為に好んで飲まれていたもので、シェリル自身もロネヴェやアンドロマリウスに用意させた事もある。
実の皮を向くと小さな豆が多数入っており、果実自体はほとんどない。その種を乳鉢で磨り潰して用いる。
大量に摂取すると精神を昂揚させる作用もある為、濃度や飲み過ぎには気をつけなければならない。
よく貴族が過剰摂取で倒れたという噂話が流れるが、それの大体はカフが原因であった。
魔力の増幅、精神の昂揚、この二つが合わさり、力の制御に長けていない普通の人間が暴走する。
一歩間違えれば大事件である。
元々生産地と生産方法が限られている為、流通量も少ない。危険だという以上にそれが流通しない原因であるだろう。
その為、大金を積まねば手に入らないようになったまま、一般家庭には流通していない代物だ。
ユリアがこれを用意できたのは、この商館が特別な場所であり、入手するツテがある事と、シェリルが特別な客だからだ。
力を消耗したばかりのシェリルと、それを補助し続けていたアンドロマリウスにはありがたいおもてなしだった。
「アンドレ様から連絡があって、もうじき戻れるから楽しみにしておくように。とおっしゃってたわ。
つかの間の休憩となってしまうだろう、とも。
だから久々に作ってみたの」
「え、向こうにいるアンドレと連絡取れるの?」
シェリルが身を乗り出せば、ユリアはこてんと首を傾げた。シェリルからそんな言葉が出てくるなど想像していなかったようだ。
アンドロマリウスはアンドレアルフスが商館の人間と連絡を取り合っていた事を知っていたようで、シェリルの事を呆れるように見ていた。
「そうでなければ、主が百年程不在にしておいて何事もなく運営できる訳がないじゃない」
「それはごもっとも」
「もう。あなたって、どこか抜けてるんだ。
主の言いつけがなくたって、目が離せないよ」
そう言って笑うユリアはどことなくヨハンにも見える。同一人物なのだから当然ではあるが、それでも珍しい事だった。
「シェリルが出かけて行ってから、暫くしない内にだんだん水が出なくなっていって、色々大変だった。
でも、多分私たちよりももっと大変だろうなって、できる限りがんばったんだけど……」
ユリアは言いにくい事でもあるのか、自分用に用意した飲み物に口を付ける。喉を潤してからシェリルに向けて頭を下げた。
「あなたにみんなの不満や暴言を効かせるつもりはなかったの。
この前はごめんなさい」
「ユリアが謝る事じゃないわ!」
シェリルは慌ててユリアの隣に座った。そして横から抱きしめる。
「曇り一つない信頼を得る事は難しい。
今回の極限状況では、ああならない事の方があり得ない」
アンドロマリウスがフォローを口にすれば、ユリアは眉を下げた。シェリルは彼女に回していた腕を上げ、頭を撫でる。
ゆっくりと、戸惑うような素振りを見せながらユリアがシェリルに体を預けた。少しずつ彼女の重みが感じられるようになっていく。
シェリルはユリアに甘えられている事を嬉しく思いながら、宥めるように撫で続ける。
「こういう事はあって当たり前なの。
ない方がおかしいわ。むしろ全員が一人の人間に完全なる信頼を置くなんて、恐ろしいじゃない」
シェリルの言葉に、ユリアは小さく「でも」をつけた。それに重ねるようにシェリルは言葉を紡ぐ。
「もちろん、あなたの気が治まらないという気持ちが分からないではないけど」
「…………」
ユリアは反論する気配を消し、シェリルへ完全に身を任せたのであった