ユリアの歓迎
雑草が取り除かれて見違えるほど綺麗になった庭を後にし、二人はミャクス達へと水を差し出す。複数の皿に分けられ用意された水を、それぞれ仲良く飲んでいる。
「マリウス、この子達はどうしよう?」
「満足すれば勝手に帰るだろう。
それまでは適当にもてなせば良い」
アンドロマリウスの言葉にシェリルは頷き、近くにいた一匹を撫でる。短めの体毛が彼女の手のひらをしゃりしゃりと刺激する。
外でずっと作業をしていたせいで、ミャクスの体温は高かった。
「そうだ。ヨハンに声をかけた方が良い。
あの後、一度だけ心配そうな顔をしてやってきた」
ぴたりと手を止めたシェリルが顔を上げる。その顔は嬉しさを隠そうとしていなかった。シェリルはアンドレの一族を可愛がっている。
心配されて嬉しくない訳がない。
「そっか。早く元気な姿を見せに行かなきゃね。
支度したら商館へ行くわよ」
「分かった」
二人は早速支度を済ませて商館へと向かう。シェリルが塔を出るのは雨乞いを行ってから初めての事だった。
彼女を見かけるやいなや、街の住民が皆口を揃えるようにして礼の言葉をかけてくる。
シェリルはそんな声に一つ一つ対応し、笑顔を振りまいていた。
商館への道のりはそう長くはないが、普段の二倍以上かけて移動する。
アンドロマリウスは彼女の半歩後ろを歩き、空気のように気配を薄くしていた。
「あ、シェリル様!」
商館はもう目の前、という所でまた声がかかる。シェリルが声のする方へ向けば、そこには目的の人物がいた。
今日はユリアの姿をしている。ふわりと裾が広がるようにケルガを着崩していた。
「雨乞いの議、ありがとうございました。
体調も万全ではなかったはずですのに……」
小走りに駆け寄る彼女に笑い返し、シェリルは「良いのよ、大丈夫だから」と口にする。
「もう、あなたが無理をするという話は先代以前から受け継いでいます!
さ、少しこちらでお茶でも飲んでゆっくりしていってください」
ユリアはシェリルの手を取りやや強引に商館の中へと引っ張っていく。
ぎゅっと握られたその指の力はそう強くなく、彼女の気遣いにシェリルは小さな笑みをこぼした。
案内されたのは、シェリルが初めてアンドレアルフスと一対一で対峙した部屋だった。ここは普段アンドレアルフスが過ごす部屋の一つで、今管理しているのはアンドレの一族であるユリアの仕事だ。
アンドレアルフスの雰囲気を少しでも感じていたいのか、シェリルを案内するのは彼の過ごす部屋である事が多い。
それ以上に、シェリルが商館にとっても重要な客である、もしくは主不在を悟らせぬようにする役割を担っているようにも感じられた。
シェリルはユリアの好意に甘えて深く腰掛ける。彼女はほっとした表情を一瞬見せ、それから背を向けて飲み物の用意を始めた。
こぽこぽと小さな音を立てて、湯が注がれる。辺りに香ばしい香りが広がった。
粉末状になった豆を入れた器に湯を注ぎ、更に加熱する。加熱に使われているのは湯を用意する際にも使われた一枚のプレートだ。
木の板の上に置かれたそのプレートには術式が刻まれており、少しなりとも力を持つ人間が力を加えればプレートが熱くなる仕組みである。
口のある器は熱せられ、ぐつぐつと煮えたぎる。口から湯気が細く登っていくのがシェリルにも見えていた。