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贖う者  作者: 魚野れん
第三章 悪魔とお茶会
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悪魔の優先順位

 アンドレアルフスの飄々とした態度が、苦虫を噛み潰したような表情へと変わった。その途端、アンドロマリウスの表情に笑が混ざる。どうやら形勢逆転のようだ。少しだけ、空気が軽くなる。

「どうせ俺は人間に恐怖を与えるくらい美しすぎる、星を見るだけの悪魔さ」

 アンドレアルフスは投げやりにそう言って立ち上がった。


「シェリルは返すよ。

 話も終わった所だし」

「お前が本気を出さないでくれて助かる。

 本気を出したお前は、俺の核を奪って名無しの堕天使にしてから、嬲り殺すんだろ?」


 随分と物騒な会話だった。二人ともシェリルを中心にした会話をしているはずなのに、シェリルを見ていなかった。

「そんな事しないよ。

 単純にシェリルを半殺しにしてお前を魔界に戻すだけさ」

 前に似たような事を仕損じた悪魔が居たな、とシェリルは礼儀正しい悪魔を頭に浮かべた。結局あの悪魔の名前は分からなかったんだっけ。そう心の中で呟きながら、二人のやり取りを聞いていた。


「そんな面倒な事しないで、俺を普通に殺せば良いだろ。

 シェリルは関係ない」

 どうやらアンドレアルフスにとって、シェリルよりもアンドロマリウスの方が大切な存在らしい。孫の恋人よりも子供の方が大切なのは、もっともな事だろうが。

 それよりも気になったのは、アンドロマリウスが自分の命よりもシェリルの命を選んだ事だった。


 アンドロマリウスの存在とシェリルの存在、どちらを優先するべきか。シェリルにしてみれば簡単だった。もちろんアンドロマリウスである。

 彼は恋人の仇だ。だが、彼女は恋人を失っただけではなく、これから先に対する興味も失ってしまっていた。ロネヴェを召喚した時程の、この街に対する愛は涸れつつあり、亡き恋人への恋情は後悔へと変わりつつあった。

 シェリルが存在しなければ、誰もが幸せだったのではないか。そういう思いが強まってきていたのだ。


 シェリルの自分に対する評価が地まで落ち、代わりにアンドロマリウスの評価が上がっていく。恋人を殺されたシェリルは被害者だが、育ててきた存在を殺すしかなかったアンドロマリウスもまた、被害者であると言えた。


 それなのに、何故。

 何故、アンドロマリウスはシェリルの命を優先させようとするのか。


「シェリル、もう話は終わったしお帰りよ?」

 突然、彼女の目と鼻の先に美しい顔が移動してきた。視界いっぱいになった美しい悪魔は、やはり美しくて魅力的だ。思考の渦に巻き込まれていたシェリルを、一瞬にして引っ張り上げてみせた。

 言葉が出ず、瞬きを繰り返すシェリルの両頬を彼の両手が包み込む。大きく、あたたかな手だった。上の兄弟や親がいたら、こういう事もあったのかもしれない。

 そんな思いすら抱かせる優しさを、シェリルは感じた。


「考え込みすぎは駄目だよ。

 何も考えられなくしてあげても良いけど、あんたは嫌だろ?」

 美しい顔で、優しい素振りを見せていたアンドレアルフスであったが、恐ろしい言葉が混ざっていた。

 先程感じた優しさは何だったのだろう。内心で首をひねりながら、シェリルはひきつった笑みを浮かべて廃人は嫌ですと答える。

「……まあ、何も考えないのも困るけど。

 俺、何も考えない奴が一番嫌いなんだよね」


「いい加減シェリルを放せ」

 ほとんど一方的な二人のやり取りを黙って見ていたアンドロマリウスが割り込んだ。彼の声が静かに、それでもしっかりと二人の耳に届く。


 じっと彼女を見つめていたアンドレアルフスが背後へと目を向ける。シェリルは、アンドレアルフスの瞳にアンドロマリウスの姿が写り込んでいるのに気が付いた。

 美しい碧眼の中に、やや緑がかったアンドロマリウスがいる。思ったよりもすぐ近くに彼が来ていたらしい。


「別に良いじゃないか。

 俺、結構この子好きだよ。

 我が強くてお堅いのが難だけど」

「自己中心的で悪かったわね」


 アンドレアルフスはどうやら一言多い悪魔のようだ。シェリルがアンドレアルフスの手をはがしながら不満そうに言った。

 アンドレアルフスの手から逃れたシェリルを、アンドロマリウスが引っ張るようにして近くに寄せる。

 少しだけ驚いたように目を丸くしたシェリルだったが、アンドロマリウスのされるがままになっていた。アンドレアルフスは、思っているよりも不仲ではなさそうな雰囲気の二人に向けて口を開く。


「あー……そういう意味じゃないんだけどなあ」

 だが、そこから次に出てきた言葉は、弁明とは全く異なったものだった。

「説明するのも飽きたし、まあいっか」

 似たような表情で首を傾げる二人の様子を見つつ、眉を下げた美しい悪魔は溜息を吐いた。

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