働きへの感謝
「起きたか」
シェリルが台所へ向かうと、アンドロマリウスが飲み物を用意している所だった。カップを手に振り向いた彼の表情は普段通りで、浴場での事など全くシェリルが気にするような事ではなかったかのようだ。
その実、気にしているがそれを悟られないようにしているのではないかとシェリルは訝しんだが、そういう男ではないのはシェリル自身がよく知っている事だった。
席につき、アンドロマリウスに出された飲み物を口にする。口内に爽やかな青いレモンのような香りが広がった。これはライムも使われているらしい。青臭さと独特の苦みが口に残る。
そこに、はちみつの甘さが控えめに加わっていて飲みやすくなっていた。飲み物を堪能していると、今度はテーブルに皿が置かれた。
こちらにはスープが入っている。
「メルツィカとタマネギを煮込んだだけのスープだ。
疲れた体にはそれくらいで十分だろう」
「ありがと」
アンドロマリウスが用意したスープは、おそらくメルツィカの骨を煮出して出汁をとったものがベースになっているのだろう。
隠し味は、メルツィカの肉を焼く時に使われた油だ。こちらはメルツィカの乳を濃縮させたバターのようなものである。
この二つが大きな役割を果たし、濃厚な割にあっさりとしたスープになっていた。
タマネギの甘みとメルツィカ独特の甘みが合わさり、シェリルの喉を優しく通っていく。刺激にならないように控えられた香辛料は、香りだけで彼女を楽しませる。
「ん、おいしい」
「それは良かった」
シェリルの正面に彼は座り、食べ終わるまでその様子を見つめていた。彼女がそろそろ食べ終わる頃、アンドロマリウスが口を開いた。
「水不足の件だが」
「うん」
シェリルは最後の一口を飲み込み、視線を合わせた。特に表情の変化もなく、淡々と報告されていく。
「街の人間には外出許可を出した。
お前の面倒を見てから確認したが、水不足は解消されている。
窮地を無事に脱したと断言できる」
「そっか」
「あと、お前が寝込んでいる間に何人かが様子を見に来ていたのと、礼だと言って色々持ち込んできた。
このメルツィカもその一つだ」
メルツィカを礼に送ってくるとは、大事だ。シェリルは後でその人にお礼を言わなければと名前を聞き出した。
「ミャクスだが、勝手に庭の手入れをしているぞ」
「え」
詳しく話を聞けば、雑草かどうかを一通りアンドロマリウスに確認してから、毎日のように雑草だけを主食であるかのように食べているという事だ。
彼らなりの礼の仕方なのだろう。
後でその姿を目に焼き付けに行こうと彼を誘う。
「いや、今の時間帯の方が良いな。
さすがに強い日差しの中でそういう行動をしているほど強い種ではないらしい」
「じゃ、早く行きましょ」
彼女のかけ声に、アンドロマリウスはシェリル用のヒマトを取りに素早く動いた。
「すごい!」
ミャクス達の活躍を目の当たりにしたシェリルは感嘆の声を上げていた。熱心に動いていたミャクス達も、シェリルの登場に慌てた様子で駆け寄ってくる。
シェリルがアンドロマリウスを追ってカリスへと行ってから、ヨハンの協力があったとはいえ庭の世話をだいぶさぼってしまっていた。
背を高くしていた雑草の姿は全く見あたらない。成長してから雑草を取り除くのはなかなか大変である。それを彼らはやってくれているのである。
感謝の気持ちしかなかった。