大切な休息
ひとしきりシェリルを宥めてやると、力を受け取って満足した彼女は糸がとぎれるように眠ってしまった。
まだ浴場の中だというのにも関わらず、深い眠りに落ちていった彼女をアンドロマリウスは溜息を吐いて受け入れる。
アホロテの追放と雨乞いの召還という重労働をこなしたのだ。途中で休む機会があったとはいえ、人間の身には相当な負担だっただろう。
この街はシェリルが守る街であって己が守護するべき街ではない。主である彼女の思いを反映して動くのがアンドロマリウスの役目である。
彼女の身、もしくは存在が危うくなるほどの事でない限り、彼は口出ししないつもりだった。
ここまで無理を重ねなくとも、と思わない訳では決して、ない。だが、ロネヴェがそうであったように、アンドロマリウスもシェリルの召還術士としての生活を尊重し、守りたかった。
泥のように眠ったままの彼女を優しく抱き上げ、湯から上がる。身づくろいを済ませる為だ。
丁寧に水気を取り、ケルガで包み、ゆっくりと髪を乾かした。その間もシェリルは身動き一つせず、ぐっすりと眠っている。
彼女を自室まで運び、本格的に髪を梳る。
寝台に腰掛けたアンドロマリウスの膝の上にシェリルを向き合うようにして座らせた。彼の胸元に俯せたシェリルの胸が、小さく動いているのが分かる。
ぐったりと身を任せている彼女は軽く、乗せている方が心配になるほどだ。
アンドロマリウスの努力で美しさを保っている艶やかな髪、一房一房を丁寧に梳いていく。
フロレンティウスを遠ざける為に隠密で動いていた日々、解決した途端に発覚した水不足。
原因となったアホロテの集団を遠い土地へ追いやり、街全体へと雨を降らせる大がかりな術式を準備した。
緊張感の続く数ヶ月であった。アンドロマリウスは、このようにゆっくりとシェリルの髪を梳いている事がかなり久々であった事に気がついた。
きっと、これで日常が戻ってくる。そう思いたかった。
もちろんそれが幻想であるという事は分かっている。魔界へと調べ物をしに行ったアンドレアルフスがこちらに戻ってくれば、物事が展開を見せるだろう。
それまでにできる事は、シェリルを可能な限り休ませ、また自らも力を温存させる事である。このように連続で物事が起こり続けていては、いつ限界が訪れるとも分からない。
人間よりは遙かに上位である悪魔だって、限界はあるのだ。正体も分からぬ何者かの影を感じている今、がむしゃらに動く事が良策とは考えられなかった。
「無茶してくれるな……俺は――」
シェリルの頭部に顔を埋め、アンドロマリウスは小さく呟いた。
シェリルが目覚めると、いつもの天井が見えた。どことなく気だるさを感じながら意識を失う前の事を思い出そうとする。
「……最悪だわ」
浴場での己の失態を思い出し、目を閉じる。
体力も限界、魔力も枯渇、そんな状態でアンドロマリウスに対し、大分大胆な行動をしてしまった。
こんなはずでは、と反芻するも、もう過ぎてしまった事だ。
なかった事にはできない。
恥ずかしい気持ちが強くなり、このままもう一眠りしてしまおうか、という考えが頭を掠める。そんな事をしても無駄だ、という黒い悪魔の囁きが今にも聞こえてくるような気さえした。
もうどうしようもなかった。シェリルは首を振るとどうにでもなれ、と勢いよく起き上がった。