雨降らし
「雨だ」
「おお、シェリル様の雨乞いが!」
家の中で待機するように言われてしぶしぶと籠もっていた街の人々が、窓に張り付くようにして雨が降り注ぐエブロージャを見ていた。
シェリルが良いと言うまで外出禁止。それまでは窓を開けてもいけないと強く言いつけられていた。
街の人間は、不満を唱えたものの、水気を奪う元凶を取り除き、あとは雨を降らせるだけだという彼女の言葉を信じる事にしたのである。エブロージャの中心にある広場を臨む民家に住む一部の人間はシェリルの召還術をずっと見守っていた。
見られない人間は、本当に儀式が行われているのか、そしてそれが本当に成功するのか、疑心と戦いながら待ち続けた。
その結果、こうして雨の降るエブロージャを見る事ができた。シェリルは雨の降る中、未だに踊り、歌い続けていた。
濡れぼそった髪は小さなまとまりを作り、しかし彼女の動きによって時に扇形に広がる。雨は大分大粒のようだ。
真っ白な召還術士の瞳は閉じられ、濡れて重くなったケルガは彼女の動きを鈍くする。それでも踊りが中断される事はない。
まとわりつくケルガがシェリルの体の形を浮き彫りにさせ、よりいっそう脈動感を強くさせるようだ。
歌と踊りで血色がよくなっていたシェリルの頬は、雨が降り始めてしばらく経つと色味を失い始めた。それだけ体力の消耗が激しいのだろう。
自らの位置を確認するように、偶に目が開かれる。
その瞳には疲労感が漂い、それと同じくらい強い意志を感じさせる。
シェリルは雨の量を真剣に読みとろうとしていた。十分な水気を大地が得られているかどうか、教えてくれる存在は遠い。
そして、彼がシェリルに干渉する事は絶対にあり得ない今、水気の確認はシェリルが自分自身で行い、調整しなければならなかった。
耳に聞こえてくる雨音は遠く、シェリルは意識を地下へと向けていた。
遠くに感じる雨の気配、周囲に感じる土の圧迫感、水気に包まれる安心感、離れていても分かる悪魔との繋がり、エブロージャ全域を探るように彼女は意識を地下からどんどん広げていく。
その間もシェリルの体は勝手に踊り、歌を紡いでいる。人形のように動き続ける体とそこから触手を伸ばしていくようにして広がっていくシェリルの意識。
乖離していく二つのシェリルは、一定の所まで精神が離れた所で動きを止めた。
彼女の体が動きを止めたのはほんの一瞬で、再度動き始めた彼女の体はゆっくりと白蓮の方へとゆるやかに踊りながら移動していった。
白蓮の周囲を一周し、両手でそっと持ち上げる。
シェリルの踊りに合わせて煌めき動いていた妖精の光は、彼女が持っている白蓮へと集まっていく。シェリルが片膝をつき、白蓮を天へ差し出すように掲げれば、光は白蓮の中に吸い込まれていった。
一段と強い輝きを放つ白蓮は、シェリルの感謝の言葉を受けた途端に弾け飛んだ。周囲は暗く、妖精の気配も消え去った。
シェリルは空になった両手を見つめて長く息を吐いた。
「マリウス、終わったわ……」
シェリルの呟きに呼応するように彼女の頭上に影が落ちる。アンドロマリウスだ。
ばさりと翼を動かす音がシェリルの耳元に響く。シェリルはほとんど頭を動かす事なく彼に視線を向ける。
その瞳がアンドロマリウスを捉えた途端、彼女は力を失い悪魔の方に倒れ込んだ。