忙しいシェリルと暇なアンドロマリウス
シェリルの周囲を瞬きながら動く小さな光に合わせ、彼女はゆっくりとステップを踏み始めた。左右、前後、と足を動かしている彼女はふわふわと水中で漂っているクラゲのようだ。
白蓮に光が集まる。両手の中で光る白蓮へと口付けた。
シェリルは強く息を吹き込むようにして白蓮へ無の力を与えた。
一瞬、強い光がはじけた。散開した光は再びシェリルの周囲を漂う。完全なる姿を見せる事はないが、妖精達は彼女を召還者として認識したのだろう。
シェリルが白蓮を置き、軽い足取りで踊り始めた。ケルガをはためかせながらシェリルが回転すれば、その後を光が追う。
歌を歌いながらシェリルは踊る。
子鹿のように彼女が跳ねれば、弧を描いて光が舞う。水上を滑る鳥のように大地に足を広げれば、水面のように円を描いた光が揺れる。
彼らとシェリルの動きは、調和していた。
シェリルの様子を気にしながらもアンドロマリウスは上空の状態を確認しに翼を羽ばたかせた。
どうせ街中に干渉する事はできないのだ。それならばしっかりと空の状態を見ていた方が良い。
黒い煙はシェリルの作り出した結界を越える事はなく、結界を伝うようにして空へと上っていく。黒い煙の動きについて行ったアンドロマリウスはシェリルの結界が作り出した天井まで辿り着いた。
黒い煙が濃霧のように広がった空は、とても煙たい。
アンドロマリウスは衣を口元に当て、眉間にしわを寄せた。
視界は悪く、空気は濁っている。とてもじゃないがいい環境だとは言えない。彼はその中で、水気がどんどん集まってきているのを感じていた。
暗く重苦しい雲だ。火山の噴火が起きたかのような、重たい雲である。重たいのには理由がある。水気といち早く反応し、地上へと落下する為だ。
水気に反応すると、この黒い煙は透明に変わる。濃霧へと変わったその煙は地上へと落ちていく。
この煙自体が術式の一部みたいなものだ。アンドロマリウスは煙の色が変わり始めるのを待っていた。
少しずつであるが、水気の増加で黒い煙の色が抜け始めてきた。アンドロマリウスはシェリルの作り上げた結界ぎりぎりまで高度を落とし、真下を見下ろす。
その視界には、銀糸を揺らして踊るシェリルの姿が小さく映り込んでいた。
円を描くように髪を広げながら回転している。雨を乞い、妖精と戯れる召還術士の姿であった。
ひらひらとシェリルが舞う姿は、上空から見る悪魔の目にはエルフが妖精と踊っているようにも見える。彼女が妖精とうまく通じている事に安心を覚えたアンドロマリウスは、そのまま視線を移動する。
シェリルを見つめている間に、周囲の黒い煙はかなり薄まっていた。その代わり、高山にいるかのような濃霧へと変わっている。もうじき、これらは雨粒へと変化するだろう。
アンドロマリウスは自分の翼が重たくなってきたのを感じ、更に上空へと高度を上げたのだった。
どんどん濃霧へと変わっていく煙を足下に、アンドロマリウスは待った。たっぷりと雨が降るまでは、そしてこの街から妖精が消えるまでは、街に戻る事はできない。
集中しているシェリルへと声掛けして儀式を無駄にする訳にもいかない。アンドロマリウスは暇になってしまった。
出来る事をしていた彼は、もうする事もない。小さく溜息を吐いた。
これ以上無駄に翼を濡らさぬ為、雲の上に移動してしまった彼は、時間を潰す術もなくただ待つしかなかったのだ。